比較データが古く、被験者にも疑問が

【下山】もう少しG47Δの審査報告書を見てみましょう。

藤堂教授は1年生存率の割合の比較となる閾値を1980年から2001年にアメリカなどで行われた臨床試験から15%と設定しました。そして中間解析で、15%と比較して、92.3%というとても高い1年生存率が出た。だから有効性を確認できたとして、治験を打ち切っています。

しかし審査報告書は、そこにはいくつかの問題点があると指摘しています。

1つ目が比較となる1980年から2001年のデータが古すぎること。

当時、脳のがんに有効なテモゾロミドも、がんの成長を妨げるアバスチンも存在していませんでした。医療現場で用いられる現在の日本のがん医療なら、1年生存率はもっと高くなります。

2つ目が、被験者のバックグラウンドです。藤堂教授は自身の研究所のみで19人に対して治験を行いました。

同じ膠芽腫でも「IDH1」という遺伝子変異を持つ患者は、予後がいいという研究結果があります。膠芽腫の平均余命は15カ月ですが、「IDH1」を持つ患者は予後が40カ月くらい延びる。「IDH1」を有するのは膠芽腫の全患者のうち5%程度にすぎません。しかし藤堂教授が治験を行った19人のうち、「IDH1」を持つ患者は6人。つまり約3割が、予後のいい患者だったのです。

【笠井】治験に予後がいい患者を選んだということですか。それに、被験者が19人では少なすぎます。

【下山】笠井さんの悪性リンパ腫の治療で用いられた薬も承認にいたるまでに300人から400人に治験を行っているはずです。加えてランダム化比較試験を行っています。これは、被験者をくじ引きなどでランダムに2群に分けて、一方のグループには新しい治療を、もうひとつのグループにはすでに承認されている標準治療の群をもうけるという方法です。

こうすれば、患者選びの際のバイアスは回避できる。しかしG47Δではランダム化比較試験は行われていません。治験を行っている藤堂教授が患者を選んでいることになる。

【笠井】しかも下山さんの取材によって、G47Δを販売する第一三共は藤堂教授がいる東大の医科研にしか供給していない事実も明らかになります。

【下山】「条件及び期限付き承認」では7年後に、今度は有効性の「推定」ではなく「証明」をしなくてはなりません。その際に、G47Δを使った治療例250例と、標準治療による治療例500例の比較で統計学的に有意に有効性を証明しなくてはならないのです。

第一三共は、保険収載されたにもかかわらず、東大の医科研でしか治療が行われていない理由を、「供給の体制が整わないから」、と私の取材に答えていますが、治験と同じように、患者を選んでいるのでは、と疑う脳神経外科医もいます。

【笠井】それでも、私は、「熱意のオーバーランなのか」と読後の最初の感想をブログにアップしています。

というのは、患者にとっては、ドラッグ・ラグの問題があるからです。

臨床試験や治験の話題が出ましたが、下山さんはドラッグ・ラグについてどうお考えですか?

膠芽腫に対する新たな3つの治療法のうち、承認されているのはG47Δという「ウイルス療法」だけです。日本では、海外よりも新薬の承認システムが厳しいから、新薬が開発されてから使用できるまで時間がかかると言われています。