【下山】厳しい治験をフェーズ1、フェーズ2、フェーズ3とくぐり抜けて、統計学的に有意な有効性を示して初めて、その治療法は承認され、誰もがアクセスできる保険収載となる。

それを「標準治療」と呼ぶのです。『がん征服』に登場する3つの療法は、膠芽腫に関しては、まだ有効性が証明されていない。日本で唯一承認を受けているウイルス療法のG47Δにしても、「条件及び期限付き承認」で数例の長期生存例があるにすぎません。

【笠井】そうそう、それがいちばん驚いた。私がブログで「勇気ある告発」と書いた案件ですね。これが、“逆プロジェクトX”。

G47Δは東京大学医科学研究所の藤堂具紀教授が開発したという遺伝子改変ウイルスです。がんだけで増殖するウイルスで、大手のメディアは、承認を受けて「画期的な治療法」「世界最高のがん治療」と大々的に報道をしています。

【下山】そこが大きな問題ですね。実は、G47Δは、「再生医療等製品」という14年の薬事法が薬機法にかわる過程でできた世界でも唯一の稀なトラックにのって「条件及び期限付き承認」を得ているんです。

このトラックのみそは、有効性の証明や確認をする必要はないことです。有効性の「推定」で承認してしまう、と法律が書き換わっていた。

【笠井】我々患者の立場からするとそのあたりの受け止め方は、衝撃であると同時に複雑なんですよ。「推定」という形で承認のハードルを下げたほうが治療の選択肢が増えて救われる患者が増える。半面、「推定」の段階で承認したら、効果のないものを保険の財政を使って、患者の限られた時間を使ってしまうという不安もある。

また、先ほどがん患者を救おうと新しい治療法開発に取り組む医師たちの情熱や思いに頭が下がったと話しましたが、現実には、情熱や思いだけでは研究は続けられません。新薬が承認されれば、利益を医師や製薬会社にもたらす仕組みも必要でしょう。

そうした事情を踏まえても、なお不思議だったのが、膠芽腫に対する新しい3つの治療法のうちで、ウイルス療法の「G47Δ」だけが、なぜ承認されたのか、ということです。

しかも「BNCT」と「ウイルス療法」の治験の成績はほとんど同じ結果だったんですよね。

【下山】そうなんです。「BNCT」や「光免疫療法」は、局所進行再発の頭頸部がんについては有効性がはっきりと確認されて、承認を受けています。しかし膠芽腫に関しては「BNCT」と「ウイルス療法」であるG47Δの治療成績はほとんど変わらないにもかかわらず、「BNCT」は未承認で、G47Δだけが承認を受けています。

私は「ウイルス療法」を開発した藤堂教授に3度取材を申し込みましたが、3回とも断られました。藤堂教授の下で長く研究を続けた医師に接触すると、秘書を通して、こんな返答がありました。「私自身の経歴のほぼすべてが、ウイルス療法に関することであるが、事情でこれについては私は取材対応等を行ってはいけないことになっている」と。

審査報告書が指摘した「G47Δの問題点」とは

【笠井】下山さんが著書のなかで明らかにした規制当局の審査報告書の中身も衝撃的です。

【下山】厚生労働省管轄の承認を司るPMDAという機関がG47Δの審査報告書を公開しています。そこにはこう書かれています。

〈事前に設定された有効性の主要及び副次評価項目の結果からは本品の有効性が認められると結論することは困難であると判断した〉

私は目を疑いました。なぜ〈有効性が認められると結論することは困難〉なG47Δが、承認されたのか、と。

そこから、本の後半部の肝である「再生医療等製品」のトラックができていった過程に取材が及んでいったんです。

【笠井】それは12年に京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥さんがノーベル賞を受賞したのを機に、再生医療を日本の産業の基軸にしようという大きな流れがあったからですか。

【下山】それ以前から経済産業省の主導でそうした動きはあったのですが、山中先生の受賞は追い風になりましたね。

【笠井】なるほど。