「最凶のがん」膠芽腫に挑む治療法

【下山】『がん征服』では、悪性の脳腫瘍である「膠芽腫こうがしゅ」を主人公にしました。膠芽腫は、「最凶のがん」と呼ばれます。診断からの余命は15カ月ほどです。MRIに、リングエンハンスという白い環が映ると、医者は瞬時に患者の運命を悟ります。何しろ、膠芽腫は、00年代から10年代にかけて発見された、がん治療のブレークスルーをことごとくはねのけています。

しかし、難しいがんということは、治験が組みやすいということと同義でもあります。難治がんの患者は、少しでも希望があれば、新しい療法を試してみたいと治験に参加しますから。

この膠芽腫に挑む治療法は3つ。

ひとつが、原子炉や加速器を使う「BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)」。

もうひとつが、楽天の三木谷浩史さんがバックアップする「光免疫療法」。

最後が「世界最高のがん治療」とメディアが礼賛する、遺伝子を改変したウイルスを用いる「ウイルス療法」。

【笠井】ぼくも膠芽腫がこんなに厄介で生存率が低い病気だとは知りませんでした。そうした希少がんに立ち向かう医療従事者の方々の情熱には頭が下がる思いがしました。同時に驚かされました。冒頭に登場する「BNCT」では、原子炉まで患者を運んでいき、そこで開頭手術で脳をむき出しにして、事前に点滴で入れたホウ素剤が集まっているがんに中性子をあてる。そうするとホウ素が核分裂してがん細胞を殺す。試行錯誤の末に、信じられないような治療法が開発されていたのかと。

【下山】ここで登場する横浜の中華料理店店長の川上利博さんは、11年5月に膠芽腫の摘出手術を受けました。しかし4カ月後に再発。彼が知人の勧めで選択したのが大阪医科薬科大学で行われていたBNCTの臨床試験でした。

臨床試験とは、治験のさらに前の開発の段階です。危険性やリスクをあらかじめ伝えられ、それでもその治療や投薬をするかどうか、意思を確認されます。

川上さんは京都大学が大阪府熊取にもっている実験用の原子炉で、BNCTの照射をうけます。そしてその後8年の長期生存をなしとげるのです。

しかし、その一例をもって、この治療法が承認されるわけではない。また、原子炉を医療機器として薬事承認するわけにはいかない。

そこで、原子炉以外の中性子源として医療用の加速器が開発され、その加速器を使ってまず安全性を確かめる治験のフェーズ1が始まったのが、12年。ついで24例という少数例の被験者で有効性をみるフェーズ2の照射が終わったのが、18年6月。ここで承認申請をしようとしますが、統計学的な有意性がないとして、規制当局からもっと多い被験者によるフェーズ3が求められているのが現段階です。

このフェーズ3で有効性を証明すれば、晴れて保険収載され「標準治療」となるわけです。

【笠井】標準治療について誤解している人は意外に多いんです。標準という言葉のイメージのせいか、標準治療は寿司で言えば「並」だから、それ以上に効果がある「上」や「特上」の治療法があるのではないかと思うのでしょう。しかし標準治療は厳しい治験を通過し、承認された治療法です。実際に私が受けたのも、すべて標準治療でした。

がんに限らず病気の治療には健康保険証を持っていると支払額が抑えられる標準治療、そのほか健康保険が利かない「自由診療」や「民間療法」があります。また、高額になる場合が多い「先進医療」も長い検査期間を経て、標準治療に格上げされる。だから標準治療が、治療法のなかで、有効性や安心性が最も高い。

【下山】川上さんのところにも、がんに効くとかたる1本1万円もする酵素を売りつけようとする人たちが店におしよせます。川上さんの妻は「夫をモルモットにしないでください」と追い返しますが、そういうケースはたくさん耳にしますね。

【笠井】患者自身もネットの沼にハマってしまって、家族が疲弊して病んでしまうという話もよく聞きます。

いま最も厄介なのがインターネットです。ネットを検索すれば、この治療法で良くなりましたという体験談は山のようにヒットします。しかしそれはその患者の個人的な評価であり、治療法そのものの信頼性や有効性とは別と考える必要があります。

手術もできない、いろいろと試したけど効く薬もなくなった……。そしてそうした状況で、最後の最後の手段として、民間療法や先進医療を試してみるという選択を、私は否定しません。

ただそれまでは主治医を信じて……。もし信じられなければ、ほかの医者にセカンドオピニオンを求めるべきです。