「キッシーノート」はどこへ消えた
翻って岸田首相はどうか。安倍氏と同様、名産品の試食も行っているが、ネタになるようなキラーフレーズもなく、ただただおいしそうに食べるのみだった。もちろん、食レポ芸人ではないのだからという指摘はあろうし、安倍氏ともキャラが違うのでそのままマネしても仕方ないわけだが、なかなかつかみづらいキャラクターだった。
就任時こそ「キッシーノート」(岸田氏が様々なことをメモしているといわれていたB6判のノート)が話題になったが、以降、全く聞かなくなってしまった。
一事が万事、岸田政権、政策を象徴するようなキャッチフレーズや、岸田氏らしさを表すキラーフレーズがなかったことは、キャラの薄さにつながり、人間的興味を失わせ、ひいては「何をしたい人なのか分からない」「知りたいと思わない」という評価につながってしまった可能性がある。
いや、岸田氏にもファンはいたのだ。「増税メガネ」批判が広がったあたりから、SNS上には「そういう批判はどうか」「むしろキッシーはよくやっているのでは」「俺は岸田を推す」と言った声も増えてきてはいた。分かりやすく成果を解説するアカウントもあった。
退任会見の数日前、岸田氏自身の公式Xアカウントでは誕生日にSNSユーザーの有志から贈られた寄せ書きを動画で紹介、お礼を言うとともに満面の笑顔を見せていた。しかし時すでに遅かった。
「褒めてもけなしても売れない」
一部には存在した岸田政権に対する「擁護派VS否定派」の戦いも、安倍政権期と比べて盛り上がりに欠けた。実際、盛り上がれば盛り上がるほど分断が進むので肯定はできないが、安倍政権期に「両陣営に属する者同士が、あらゆる話題で戦いを繰り広げる」という政治ネタ無法地帯の高揚感を味わってしまった以上、やはり対立が激化しない岸田政権は「盛り上がりに欠けて」しまったのだろう。
安倍政権期には両陣営が熾烈な争いを繰り広げたことで、安倍批判本、安倍評価本のどちらも多数出版され(amazonで確認できるだけでも、双方を合わせて50冊以上出版されている)、特集した雑誌も売れた。ここは専門家による調査を待ちたいが、当然、ウェブメディアも動画もPVを稼いだであろう。
一方、岸田政権を振り返ると、岸田本は両手で数えるほどしか出版されていない。先にも述べた通り、外交・安全保障においては2020年代の日本のターニングポイントと言っていいくらいの時期を経ているにもかかわらず、外交内幕本すら出ていない。在任3年と安倍政権に比べて短いのが理由ではないだろう。安倍政権期は、就任からわずか一年余りで対中外交の裏側をレポートした書籍が出ている。
ある出版社の編集者は「キッシーの本は、褒めてもけなしても売れないからね」と関連書の出版が乏しい理由を述べる。