AI、高頻度取引…個人投資家の生きる道は

金融リテラシーを上げたいのなら、ファイナンス理論を勉強するのが王道です。株式市場はデータが公開されていますから、1950年代から数学の天才たちによって徹底的に研究され、多くのノーベル経済学賞受賞者を出し、70年代には理論として完成しました。株式市場の情報は瞬時にすべて公開され(効率的市場仮説)、株価の値動きが正規分布することを前提とするならば、新しく付け加えるものはなにもありません。――その後、市場は複雑系のべき分布で、効率的市場仮説はつねに成立するわけではないとされるようになりましたが、ファイナンス理論が金融リテラシーの基礎であることは変わりません。

ファイナンス理論が素晴らしいのは、個人でも金融市場でその正しさを確認できることです。私が投資にはまったのは20年以上も前のことですが、海外の金融機関に口座を開いて新興国の株式や債券を購入してみただけでなく、シカゴの先物市場でS&P500の先物やオプションなどのデリバティブ取引までやってみました。

その結果をひとことでいうなら、「やっぱりファイナンス理論は正しかった」になります。

ピーター・L・バーンスタイン著/青山 護、山口勝業訳『証券投資の思想革命
「30代半ばで金融について勉強しはじめた頃、この本を読むことでファイナンス理論を学ぶことができた。基本を勉強するのに勧めたい一冊」(橘氏)

ファイナンス理論の歴史をわかりやすく、かつ面白く解説する名著が、ピーター・L・バーンスタインの『証券投資の思想革命』(東洋経済新報社)です。1952年から73年までのわずか21年間に、さまざまな理論が登場し、それまで勘で行われていた投資に革命的な変化が起きたことを、大河ドラマのように描いていて飽きさせません。同じ著者の『リスク』(日本経済新聞出版)と『アルファを求める男たち』(東洋経済新報社)を合わせて読めば、それだけで十分でしょう。

次におすすめするのは、エドワード・O・ソープの『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』(ダイヤモンド社)。著者は数学者ですが、ブラックジャックでカジノに勝つ方法を数学的に証明し、それを本に書いてベストセラーになりました。このカード・カウンティングを使って、MIT(マサチューセッツ工科大学)の学生がブラックジャッククラブを結成し、アメリカ中のカジノを荒らしまわって莫大なお金を稼いだのは有名な話で、映画化もされています。

エドワード・O・ソープ著/望月 衛訳『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す
「数学的にカジノで勝つ方法を見出した著者が、ウォール街、つまり金融市場もカジノ同様に制していく。億万長者になる人とは、どのような人なのかを知ることができる」(橘氏)

ソープはその後、ラスベガスではなくウォール街、つまり金融市場のほうが巨大なカジノであることに気づきます。そして、転換社債の価格の歪みから利益を得るヘッジファンドをつくり、巨額の富を手にしました。まさに、ラスベガスとウォール街を攻略した「最強のハッカー」です。

金融市場はあまりにも巨大なので、「効率的市場仮説」は完全には成立せず、さまざまなところに小さなバグが生まれます。誰よりも早くそのバグに気づけば、裁定取引によって、ノーリスクで富を生み出すことができます。

どうすればそんなことができるかを取材したのが、グレゴリー・ザッカーマンの『最も賢い億万長者』(ダイヤモンド社)です。「ルネサンス・テクノロジーズ」は数学者のジム・サイモンズが、天才数学者を集めてつくったヘッジファンドで、市場のデータを独自にプログラミングしたAI(人工知能)に解析させ、市場の歪みを瞬時に見つけて収益化しています。その結果、「32年間平均66%の収益率、運用収益は10兆7000億円超、個人の推定資産は2兆5000億円」という大富豪になりました。

グレゴリー・ザッカーマン著/水谷 淳訳『最も賢い億万長者
「数学の天才たちが、AIを駆使して金融市場の歪みから巨額の富を生み出している。金融市場にはこのようなヘッジファンドがたくさんあり、個人投資家が対抗することはもはや不可能になった」(橘氏)
マイケル・ルイス著/渡会圭子、東江一紀訳『フラッシュ・ボーイズ10億分の1秒の男たち
「どこよりも早く取引情報を察知し、そのバグをもとに収益を生み出していく過程が描かれる。最新の金融市場ではどのようなことが起きているのか、情報として学べる」(橘氏)

マイケル・ルイスの『フラッシュ・ボーイズ』(文春文庫)は、証券取引所のサーバーと光ファイバーで接続し、0.001秒早く取引情報を察知して、そのバグを収益化するHFT(高頻度取引)業者の実態を描いています。いまやウォール街では、HFT業者が有名大学で数学や物理学の修士・博士号を取得した若者たちを集めて、莫大な富を生み出しているのです。

これらの本を読むと、「超絶AIや高頻度取引に対抗して、個人投資家にいったいなにができるのか?」という疑問にぶつかります。そしてこれには、唯一の正解があります。それが、世界株インデックスファンドへの長期の積み立てです。

これについてはこれまであちこちで書いてきたので繰り返しませんが、非力な個人投資家の最大の武器は、時間(市場の長期的な成長)を味方につけることです。「最強のハッカー」であるエドワード・O・ソープも「個人投資家はインデックスファンドを買っておくのがいちばん」とアドバイスしていることも付け加えておきましょう。