「マイナス金利政策」を解除した植田総裁の覚悟

2024年3月19日、金融政策決定会合において、日本銀行は「マイナス金利政策」解除を決定した。黒田東彦から引き継いだ植田和男新総裁(元東大教授)による、16年から続いていたマイナス金利をやめるという歴史的な決断である。なおかつ、日銀による金融政策の大転換となった。4月に実施するという観測は年明け早々から流れていたが、一カ月早く日銀が動いた。この動きを政府関係者が解説してくれた。

「マイナス金利を止める。かつ日銀の当座預金の三層構造も改め、従来型の二層の当座預金の形に戻すことになった。これによって、日銀から金融機関への付利は2500億円の増加と見られています。同時にYYC(イールドカーブ・コントロール=長短金利操作)も廃止した。さらに、これまで株式市場を支えてきたETFやリートなどの買い入れもやめてしまった。

植田日銀が3点セットでこの決定をしたことには正直驚いたし、実に慎重にことを運んでいる植田日銀の心意気を感じました」

日銀内部でも、「植田さんが総裁に就任して以来、一年足らずでここまでこぎ着けられて本当によかった」と安堵の声が広がったという。

しかし、マーケットは甘くはなかった。

「政策転換が容易ではないことを見透かされた」

猛烈な勢いで円安が進行したからだ。投機筋の動きも加わって一時は1ドル160円台という急激な円売りドル買いの事態となった。「マイナス金利政策」解除は、金融緩和から引き締めへの一里塚ではなかったか。わたしが信頼するエコノミストの分析を聞いた。

「この円安の勢いはびっくりでしたね。既に指摘されてきた通り、異次元金融緩和の『出口』こそ、問題だったからです。二十数年ぶりに、金融緩和から引き締めへと舵を切ったからには、これからいよいよ日本の金融界で金利が復活し、日米金利差も縮小の方向に進むと見られ、本来ならば、当局は円高に向かうことを期待していたはずです。ところが、マーケットや投機筋は逆に動いた。日銀の金融政策の転換が容易ではないことを見透かされたわけです」

本稿は、2024年2月に書き上げていた。その時点で、マーケットの最大の関心事はいつ「マイナス金利解除」すなわち「異次元金融緩和政策からの転換」が行われるのかにあった。第二次安倍政権以来の宿願であるインフレターゲットを達成し、物価高から賃上げ、需要拡大そして物価高から賃上げといった景気の好循環につなげられるかが焦点だった。