死にかけないとわからない人の強さとは

【養老】僕は、自然に親しんできたんだけれど、だからこそ自然の厳しさも、これまでの経験で身に染みていますよ。

名越君の話を聞いて、これまでに何度も死にかけたことを思い出しました。1つ目は20代のときの経験です。当時は山登りが好きでね。

そのときは、長野県の上高地から「北穂高岳」に登って、山頂から尾根伝いに縦走して、「涸沢からさわ」(長野県にある日本有数の窪地)に下るルートだったんです。

麓の山小屋に1泊して朝、20分ほどで登れる北穂高の山頂を目指した。北穂高は3000メートル級の山で、井上靖の小説『氷壁』の題材にもなった約1000メートルもの断崖絶壁もあるんです。

【名越】僕も、行ってみたいです。

【養老】絶景を堪能しながら、山を歩いているとふと、崖に黄色いペンキの「×印」を見つけたんです。僕は、「こちらに進め」のマークだろうと勘違いして、先に進んでいくと、急に断崖絶壁に出くわしたんです。×印は、実は「こちらに進むな」を示すマークだったんだ。驚いて危うく崖から落ちそうになったんですが、何とか傍の岩にへばりつき、一命をとり止めました。

【名越】まさに危機一髪でしたね。

【養老】最近では、東南アジアのラオスで死にかけました。山の中で虫捕りをしていたところ、アシナガバチに刺されたんです。僕は、以前にもハチに刺されたことがあったから、「アナフィラキシー」(急性の激しいアレルギー反応)を起こしてしまったんでしょうね。自分でも、どんどん血圧が下がっていくのがわかった。

血圧がある程度まで下がると、視界のコントラストがハッキリしてきて、周りの景色がとてもきれいに見えたのが不思議で、初めての経験でした。

しかし、残念ながら、血圧はまだまだ下がっていく。最終的には、頭が真っ白になってしまったんです。立っていられなくなって、横になるしかありませんでした。

【名越】ラオスの山の中でしょう? 手当ては、どうされたんですか。

【養老】手当てなんてできないよ。周りのスタッフは、「ヘリを呼べないか」なんて言って、大騒ぎしていたけれど。僕はなぜか開き直って、

「このざまなら、いっそ死んでしまえ」と、思ったんですね。ハチに刺されたぐらいで、すぐに死ぬのなら、人類は1億年も生き永らえることなんてできないでしょ。

すると、しばらく寝ていたら、具合がよくなった。