成功したのは「みんなが生き生きしているから」

現在、会長の中田誠司は日本経済新聞(2022年)のインタビューでこう語っている。

「『アジアでの富裕層向け業務の顧客対象や地域を広げる』と(中田は)述べた。現在は海外移住する日本人経営者や、事業拠点を設ける日本企業が顧客の大部分を占める。タイやフィリピンなど新興国の富裕層の開拓を強化し、預かり資産を増やす考えだ。

大和(証券)は2015年から、シンガポールの拠点を中心にアジアで富裕層業務を本格的に始めた。日本の大手証券の強みを生かし、資産運用や事業展開の助言のほか、移住に伴う手続きなどを支援している。人員は十数人規模と小規模ながら効率的な営業体制を持ち『預かり資産1兆円も視野に入ってきた。コンスタントに黒字を出している』」

そして、副社長の岡裕則はこう言った。

「WCSの業績が向上したのはみんなが生き生きしているからだ。彼らはこれまでうちから海外に出た連中とは少しプロフィールが違う。これまで海外に出していたのはまず英語ができる人。それから金融知識を持っている人。営業経験があるなしではなく、英語力と金融知識のある人間が海外要員だった。

だが、WCSへ出したのは営業力がある人。むろん、英語も勉強していったし、金融知識もある。だが、何よりも営業経験だった。それはお客さまは日本人だから」

撮影=永見亜弓
岡副社長は、7人の侍の特徴を英語力ではなく、優れた営業力にあると指摘する。合理的な外資系の営業ではなく「昭和なおもてなし営業」が、7人で預かり資産1兆円という実績を上げた

叱ってくれる客がいるから仕事がある

「それまで国内支店で年に10億の成績を上げていたのが、シンガポールでは富裕層が相手だから100億の仕事にもなる。営業の連中は元々、やる気がある。そんな連中に大きな舞台を用意したものだから、さらにやる気を出したんだ。

国内の舞台で歌っていたシンガーがカーネギーホールへ行ったようなもので、みんな大舞台で仕事をする喜びを味わっている」

確かに大和証券シンガポールWCSの営業員はやる気に満ちている。誰もがテレコールをし、顧客に呼ばれたら飛んでいく。24時間、顧客のことを考えて仕事をしている。しかも、上からの管理ではない。それぞれが自分で目標を決めている。

岡は「要はお客さま重視です」と言った。

野地秩嘉『海を渡った7人の侍 大和証券シンガポールの奇跡』(プレジデント社)

「私自身、仕事はお客さまから教わった。とにかく逃げないことだと教わった。金融の商売をしていたら、投資してもらった株が下がることはある。その時、逃げるか逃げないかが分かれ目だ。お客さまは営業員を見ている。損をさせた後、電話をかけないで逃げてしまったら、もうおしまいなんだ。

まず、怒られに行く。さんざん怒られる。すると、お客さまは『ちょっと叱り過ぎたな』と反省して、それでまた仕事をくれる。この繰り返しなんです。今でもいい関係を続けているお客さまって、真剣に怒ってくれた人です。シンガポールの営業の連中も言葉には出さないから知れないが、さんざん怒られているはずですよ。

でも、狭い国だから逃げようがない。連中には叱ってくれるお客さまがいる。みんな幸せだ。だから、仕事にエンゲージしている」

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