男女の関係を、ビジネスライクに持ち込んでくる男
しかし、お金を稼ぐのは簡単ではない。これまでに普通の会社員が経験しない出来事にもたくさん直面してきた。
例えば、野原さんが40歳の頃。経営していた編集プロダクションが傾き、会社は清算に追い込まれた。ライターだけの収入ではおぼつかないので、とある芸人のマネージャーを兼業でやることに。取材で出会った人との縁で飛び込んだ世界は、面白くて、最初の数年間は順調だった。
そんなある日、何度か仕事をもらっていた企画会社の社長と2人、イベントの帰りの新幹線で横に並んで座っていた時に事は起こった。
「もうそろそろいいんじゃないか?」
出し抜けに社長は言った。どうやら深い仲になろうとの意味らしい。「何がです?」と野原さんが問うたところ、「君は子供じゃないんだから。それに●●さん(芸人の名)に対しても、マネージャーの君と僕が一枚岩だと思わせたほうが、君も仕事がしやすいでしょ?」と、いとも淡々と、商談をするかのように同衾を持ちかけてきたのだ。
対する野原さんは、それを突っぱねることもなく「う、うーん」とうなったまま、黙りこくった。
「その社長が私のタイプで、もっとロマンティックに口説いてくれたら、話は変わったかもしれません(苦笑)。物慣れていたので、今まで“商談”に乗る女性も少なからずいたのでしょう。芸能界は何か製品を作ったり、商品を売ったりするワケではありません。人間と人間のつながりだけで時には膨大な金額が動きます。その中で性行為が“実印”にも“認印”にもなりうるんです。私はハンコを押してまで芸能界に欲しいものはなかったからしなかった。それだけのことだと思います。ただ、出版界にもその手の話はあって、いわゆる枕営業で生き残っているライターもいるようです。ただ、私の周囲には見当たりませんけれど」と振り返る。
もちろん権力や腕力による強制的な性行為は許されるものではないが、男女の仲は五分と五分。計算をして、行為を受け入れる女性も存在する。野原さんはそんな世界をサバイブしてきたわけだ。
男のステータスに目がくらみ、2度の結婚詐欺に遭遇
プライベートも決して順風満帆ではなかった。男運が悪いのか、はたまた男を見る目がないのか、前述した20代での離婚後、同棲した相手が借金まみれでホームレスになったこともある。それでもその後、一生添い遂げられる相手に出会いたいと結婚相談所に登録し、婚活やマッチングアプリも利用した。婚活歴約20年に及んだ中で、2回結婚詐欺にも遭遇したという。
「自称“京都の裕福なバツイチ漢方薬屋”という男性にプロポーズされたこともあります。ついに私も、恋とお金の両輪が回り始めたと舞い上がって、友人知人、仕事仲間にそのことを言いふらしましたが、結局彼が私に語った事は全てウソだったんです。また、70代で“米国陸軍と取引している通信機器会社の社長”を名乗る人とも会いました。『次の米国大統領の就任パーティーに同行してほしい』と言ったかと思えば『僕の会社に今月中に出資すると15%の配当を出します。まず1000万円どう?』と、怪しさ満載(苦笑)。その話は彼が経営する会社で行われたはずでしたが、そこは実はレンタルスペースでした」
24歳で結婚したときもエリートサラリーマンの元夫の肩書が魅力的だった。年齢を重ねてもなお、相手のステータスに目がくらんで、結婚詐欺にあったということなのか。ただ、いつも異性を求めて活動していたわけではない。
「私自身、孤独が時に蜜の味がすることも知っているから、20年間の婚活も本気度も足りなかった」と自己分析する。
「例えば婚活は、お相手のAさんとBさんのどちらがいい? という二択ではなく、AさんまたはBさんと、自分一人のどちらを選ぶのかという二択になるんです。そうなると結局、自分一人を選んじゃうんです。孤独のつらさを味わいつつも、一人の気楽さ・楽しさが身に染みていますから。それを婚活相手に指摘されたことがあるんですが、図星です。また、ある人から『俺との結婚がダメでも、どうせ(雑誌記事の)ネタにするんでしょ?』と呆れられたこともあります」
付き合った男性との揉め事で傷つきはするが、「別れた後、長雨の後の青空のような爽快感が訪れる」というから、タフというか生まれながらのポジティブな精神の持ち主なのだろう。
最終的に野原さんは「つくづく結婚は向いてない性格だ」と気づき、婚活市場から降りた。そして“うまくいかない結婚”が、人よりクリアに見えてくるようになる。