せめて安全に歩けるスペースは作ったほうがいい

「それじゃ、また作業が必要になりましたら声をかけてください」

平出さんが穏やかに言い、自分の名刺を渡す。名刺を受け取ると、「大田区から来られているんですか。遠いんですね」とAさんが目を丸くする。

2トントラックが満タンになるまでここにある物を処分した場合、15万~20万円程度かかるという見積もりだった。決して安くはないが、Aさんのためにも、プロに作業に入ってもらったほうがいいと私は思った。だからはっきりこう言った。

「うまくいけば、一回の作業で1階の半分くらいまで物の処分ができるようですよ。ナイフや針が床にたくさん落ちていますし、廊下の物が雪崩が起きそうで危ないので、せめて安全に歩けるスペースは作ったほうがいいと思うんです。その際、Aさんが必要な物をとって、あとは『ここからここまで全撤去でお願いします』というほうが効率的じゃないでしょうか」

Aさんはうなずきつつも、「でもどこに必要な物があるかわからないし……」とつぶやく。それはそうだろう。私は繰り返し説得した。

筆者撮影

これを「異常」と思わない人に決断させるのは難しい

「物を見てしまうと迷いが生じてしまうこともあるので、よく目にしていた本当に必要な物以外は処分すると決めて、作業中は外に出てしまうのもひとつですよ。あんしんネットさんは、現金や価値のありそうな物はとっておいてくれるので大丈夫です」

平出さんも補足してくれる。

「買取がつきそうな物はそのように対応しますし、骨董など目利きが必要な物なら専門の業者を紹介しています」

Aさんが顔を上げ、「タンスは無理ですか?」と言う。部屋の壁沿いにたくさんのタンスが並んでいるが、どれも色がはげかかり、遠目にも見える傷がついている。

「難しいですね」と平出さんが言い、Aさんは肩を落とす。そして「この物の中には、母親がなくした××部品があるかもしれないし……」とモゴモゴと言った。

現状、とても人が住む環境ではないし、再利用できるものもなさそうだ。けれどもこれを異常状態と思っていない人を相手に、片付けを決断させるのは難しいと、改めて思った。