支援のための言葉であって、レッテルではない
既述のように、境界知能の方は人口の14%に当たる。35人のクラスがあれば、そのうち約5人が該当する計算だ。
「SNSの書き込みを見ていると、単に自分と意見が合わない。自分の言っていることが伝わらない。それだけのことなのに、あえて境界知能という言葉を使って相手を貶めようする傾向があるように感じます」(太田氏)
これまでみてきたように、境界知能の当事者は、福祉の枠組みにおいては障害者ではないため公的な支援が受けられず、ある程度まで身の回りのことがこなせるため周囲から生きづらさに気づかれにくい傾向にある。
世の中にはさまざまな生きづらさがあるが、福祉の対象にもなれず社会からは劣った存在として扱われることが、当事者の困難を深めていることは想像に難くないだろう。「境界知能」はそうした人々を支援するための言葉だったが、いつのまにか意見の合わない相手を揶揄するレッテルになってしまった。
社会生活のなかで問題に行き当たり、解決の緒を見いだせずに苦しんでいる人は多いはずだ。そのなかには、いわゆる境界知能の方もいるだろう。ただ、そうした人々は社会が支える対象であって、排除したり揶揄したりする存在ではない。SNSで境界知能という言葉を見かけることがあれば、本来は支援のための言葉だったということを思い出してほしい。