父親のがんと死

建設会社で働いていた父親は57歳になった頃から背中が痛いと言い出し、しばらく行きつけの病院で湿布をもらっていたが、なかなか良くならないため、総合病院で検査をしたところ、すぐに末期の膵臓すいぞうがんだと分かった。

もともと糖尿病があり血糖値がかなり高かったため、がんが原因だとは思わず発見が遅れた。すでに手術ができない状態に陥っていると父親から聞かされた谷中さんは、思いのほか大きなショックを受けた。

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「あれだけ強がっていた父の弱った姿はさすがにショックで、必死で民間療法をあさりました。妹もショックを受けていましたが、兄も母もドライな感じで、1年経たずに亡くなりましたが、悲しそうには見えませんでした」

母親(当時50代)は父親の見舞いに行くたびに、弱った父親に八つ当たりされ、文句を言っていた。

「病床で苦しむ父が誰かに当たりたい気持ちもわかるので、最期ぐらい受容してあげたらいいのにと思いましたが、母は、同じ病気で入院しているよそのおじさんが、家族に対してとても気丈に振る舞っているのを見て羨ましがっていました」

谷中さんは、病院と家の往復では母親も気が滅入るだろうと思い、気分転換に買い物や外食に誘ったが、ある日父親に「誘うな」と止められる。「さすがにそれはないだろう」と反論しようとすると「あと少しだから」と言われ、何も言えなくなった。

父親が亡くなった後は、母親は葬儀などの手続きに追われパニックに陥った。谷中さんや妹が手伝おうとするが、自分のやり方を通したがり、手を出せずにいると、「誰も手伝ってくれん!」と終始イライラしていた。

何とか葬儀や納骨を終えると、母親は不眠や眼瞼けいれんなどの症状に悩まされ始めた。長年、家庭内のヒエラルキーを牛耳り、支配・管理していた父親がいなくなり、かえって心身のバランスを崩したのかもしれない。

ところが、悲しんでいた谷中さんのところに、突然「相続人」として300万円の返済を求める通知が届く。確認すると、兄、妹にも届いていた。

「父方の祖父から伯父(父親の兄)が継いだ会社を突然任され、その会社が倒産して多額の負債を抱えた後も、父は変わらず仕事後に必ずパチンコに通い、週一でボートレースをしていましたし、貧乏ながらも食べていけないほどではなかったため、返済したものだとばかり思っていました。届いた通知に驚いて母に連絡したところ、母には8000万円の通知が届いていました」

谷中さんたちは、すぐに裁判所で相続放棄の手続きを行った。父親は多額の借金のことを家族に一切語らないまま、逝ってしまったのだ。