有名宝飾店の苦悩

コロナ禍による世界的な景気低迷は3年ほどつづいたのち、現在は日本でも大きく回復の兆しを見せている。業界や業種を問わず、そうした傾向にあり、増田、瀧口両氏も、インバウンド需要や円安による回復傾向が自社に表れていると強調する。

他方、世界的なパンデミックとはまったく別次元の現象に振り回されてきたことのあるケースも見ておきたい。

少し前であるならヤフオク、最近ではメルカリなどに代表されるように、一般ユーザーが手持ちの物品を転売したり、入応札したりすることが容易になった。さらに、個人のプライバシーを明かさぬまま主張や写真、動画などを発信し、賛否の入り交じったやりとりのなされるSNSがよきにつけ悪しきにつけ当たり前になっている。

増田、瀧口両氏のいうように、「男性から女性への贈り物」として「手の届きやすい」価格帯とデザイン、そしてブランド力であったがゆえ、醒めた女性の声がSNSで拡散した。

たとえば、“4℃の指輪をあげたらアラサーの彼女が不機嫌になった件”などと題する投稿が相次いだりした。2017年のことである。瀧口氏は、「SNSというのは多くの人より少数の人の声が一気に膨らんだりするものですよね」と穏やかに語った。著名人のプライベートなどについて少数の極論ばかりが膨らむSNSの実例を、「炎上」という形容とともに私たちは嫌というほど知っている。

「“男性目線で勝手にサプライズでプレゼントしないで”と書き込まれたりしたことで、『4℃大喜利』などと笑い話にされて拡散して、一部で炎上してしまった。そうした一方的なご意見を、少数ではあってもSNSで書かれたこともあって、われわれが業績を落とした時期も事実としてあります。カルティエさん、ティファニーさんなどに次いで高いご支持をいただいているのにもかかわらず、私どもにとって不本意な展開にもなってしまった。『大喜利』は本当に手がつけられないものでした」(瀧口氏)

増田氏は落ち着いた語り口でつづける。

「SNSで炎上するというのは、私どもの認知度が高いことの裏返しでもあるんです。だから、それをゼロにすることに腐心するより、プラスのほうを増やしていく努力を、より好感を持っていただける人を増やしていくことに力を入れよう、と取り組んできました」

撮影=プレジデントオンライン編集部
ギフト・ジュエリーの定番であることにとどまらず、女性客が自ら買い求める「自家需要」の取り込みが戦略の柱になった。

女性が自ら買い求めるジュエリーを目指す

瀧口氏によると、4℃の製品やイメージについての調査では、その方法にもよるが、おおむね90%から好印象を得ており、数%の少数の声がSNS上に広がったという。増田、瀧口両氏は、SNSへの対策に追われるのではなく、「もっとブランド価値を上げていこう」と社内を鼓舞した。

「みんな悔しい思いをしました。われわれのショップのスタッフたちも不安になったでしょう。離れていく人もいました。それでも、経営層からのトップダウンではなく、現場の若手から意見を募ってプロジェクトチームをつくったり、社外のコンサルタントの力を借りたりしながら、ショップの内装を大胆に変え、広告のあり方を全面的に見直してきました。『悔しい』のままでは終われないというのが、この数年のわれわれです」(瀧口氏)

ブランド価値を上げて、ジュエリー需要を確実に取り込む――。そのためには、男性客が女性に贈る、いわばギフト・ジュエリーの定番にとどまるのではなく、女性客が自ら買い求める「自家需要」を取り込むことへの転換が必要であるとの結論に至った。なにより、女性に支持される商品づくりが重要になった。

過度に流行を追わず、定番商品を重視する

女性に支持される商品づくりの重要ポイントとは何か。4℃は、デザイン性でいくつもの力点を持つようにしてきた。

「これまでも、TPOを問わず、いつでも身に着けられるベーシックでシンプルなジュエリーであることを大切にしてきました。過度に流行を追うことはしませんが、時流に合った商品をつくることをめざしつづけたい。夏には夏の、冬には冬の季節感に合うものも含めて、クールで洗練されたデザインのジュエリーをつくっていこうというコンセプトです」(瀧口氏)