[第七条] 買い上げの名目で種々の物品を騙し盗った。

元命が尾張守として尾張国において買い上げたのは、絹織物・麻織物・漆・油・苧麻ちょま・染料・綿といった品々である。そして、これらの物品を生産して元命に売ったのは、尾張国の百姓たちだったわけだが、その百姓たちの不満は、元命が物品を不当に安く買い上げたことにあった。そうした不公正な買い上げが尾張国の百姓たちにもたらした損失は、絹織物に関してだけでも、数千疋にも及んでいたという。

こうした悪徳受領による公的な買い上げの最も恐ろしいところは、それが売り手の意思を無視した強制的なものであったところにあった。つまり、買い上げの名目で尾張守元命から絹織物を売るように求められた尾張国の百姓は、どれだけの損失を被ることになろうとも、必ずや元命が購入したがるだけの量の絹織物を売らなければならなかったのである。

それでも、元命から多少なりとも代価を支払われた者は、たとえ原価割れするような価格での売買を強いられていたにしても、まだ幸運であったのかもしれない。というのは、貸しつけというかたちで元命のために絹織物を用立てた百姓の中には、その貸しつけを踏み倒された者もあったからに他ならない。

被害額は「農民の二万数千年分の年収」に上ったのに…

さて、以上に「尾張国郡司百姓等解」の内容の一部を詳しく見てきたわけだが、これによって明らかになったように、尾張守藤原元命がその任国において犯した罪は、あまりにも大きなものであった。

彼の数々の悪行が尾張国にもたらした損失は、経済的なものだけを見ても、十七万数千石にもなっていたのである。それは、王朝時代において、一般労働者の二万数千年分の年収に匹敵する額であった。

繁田信一『わるい平安貴族』(PHP文庫)

そして、国司の権力を振りかざして欲望のままに犯行を重ねた悪徳受領は、永祚元年(九八九)の四月五日、ついに尾張守を罷免されることになる。

同日の『小右記』に「元命朝臣あそんは百姓の愁ふるに依りて任を停む」と見える如く、これに先立って「尾張国郡司百姓等解」を受理していた朝廷が、藤原元命から尾張守の官職を取り上げたのである。

しかし、三カ年にも渡って尾張国の人々をさんざんに苦しめておきながらも、ただたんに受領国司の地位を失うだけですんだのであるから、藤原元命という悪徳受領は、かなりの強運に恵まれていたのかもしれない。
 

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