専門化の「3つのリスク」

まず、上司の「分からないことに頭を使いたくない」という怠慢から、当該業務の一切を部下任せにしてしまえば、当然ながらその業務に関する情報が得られなくなる。自分が責任を負わなければならない業務について、何がどうなっているのか分からなくなってしまうのだ(①情報を喪失する)。

そして、そのうちに「専門的なことは、専門家たる部下が最も良い判断をくだすから」といった、人材育成の観点からは聞き心地がよいとも取れる言い訳を繰り返し、意思決定する責任から逃げるようになる。その結果、次第に業務をコントロールすることができなくなる。また、十分に事情を把握せず行った判断は誤った指示となり、混乱を招く恐れも生じる(②コントロールを喪失する)。

そして、更に「この分野に詳しい彼または彼女が言うのだから間違いない」という上司の発言や、「素人の出る幕ではない」といった(コミュニケーションの拒絶ともとれる)部下の発言が繰り返されるようになる。また、このようにブラックボックス化した業務において、不正行為が進行するリスクも(本来、知らぬ存ぜぬでは済まされないはずだが)、放置することになるのである(③専門家が凶器になる)。

このような権限移譲、専門化のリスクとその対策は、AIと我々がともに働き、高い成果を創出するための指針にもなる。

会社員は「せまくない」キャリアを形成できる

今後、AIは多くの専門分野において、我々よりはるかに優れた成果を出すだろう。特にスペシャリティの範囲が狭く限定され、たとえば活用する知識の幅や深さが一定、マニュアル化が可能な業務であればなおさらだ。

但し、だからといってAIにすべてを委ねてしまっては、当の専門家が凶器になり得るため、我々はAIをよく監督する必要がある。その上で、今後はAI専門家の知見を最大限に活用しながら、組織の問題を解決し、かつ多様な人材の心理にも配慮しながら、首尾よくマネジメントしていかなければならない。

新井健一『それでも、「普通の会社員」はいちばん強い 40歳からのキャリアをどう生きるか』(日本経済新聞出版)

そうしたときに、活きてくるキャリアは、AIを監督することができる問題解決志向に優れたスペシャリスト、同じく問題解決志向に優れたゼネラリストである。なお、日本企業はこれまで、実務能力が養われていない新卒を一括採用するシステム、「配属ガチャ」(新入社員が入社時研修以後、どの部署に配属されるか分からない不安な心境を、おもちゃ売り場の「ガチャガチャ」やソーシャルゲームの「ガチャ」になぞらえた俗語)、転居を伴う人事異動など、いわゆる「ジョブ型」とは相容れない特殊な「メンバーシップ型」という働き方を採用してきた。

しかしながら、会社員として複数の事業所や職種を経験する、またそれができるということは、「せまくない」キャリアを形成するための機会にもなり得るのである。そういう意味で、会社はそこに身を置きながら、色々なことを見聞したり、試したりする機会を与えてくれる。

たとえば副業・兼業も本業があってこそ安心してできることなのだ。

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