唯一中継で名前が読まれるホテル「小涌園」

私は、大学に入って箱根駅伝の楽しみ方がラジオからテレビに変わって、ずいぶんと衝撃を受けた。憧れの大会が、10時間以上テレビで見られる時代が来るなんて――。

そしてスポーツジャーナリズムの世界に入り、日本テレビの中継で初代総合ディレクターを務めた田中晃さんと知己を得た。田中さんは在職中に巨人戦の中継では「劇空間 プロ野球」などのコンセプトを打ち出し、テレビとスポーツの関係性を追求された大先輩である。そしてまた、私に中継の裏話を教えてくれた。

生島淳『箱根駅伝に魅せられて』(KADOKAWA)

「第1回の放送、全国の系列局からの応援を受けて配置した人員が約650人、うち300人が5、6区を担当ですよ。万全の準備が出来たと思っていたら……箱根のホテルを誰も予約してなかった。その時、ホテルのホールを提供してくださったのが、小涌園さんなんです」

中継のチェックポイントのなかで、ホテル名が呼ばれるのは「小涌園前」だけだ。それはこの時の恩があるからだという。

「食事は13食連続で冷たいお弁当。過酷な状況を乗り切れたのは、どの放送局もやっていないことにチャレンジする高揚感、使命感があったからだと思うね」

「走ることで元気を出そう」という意志が歴史を紡いだ

そして田中さんは、箱根駅伝の価値をこう話してくれた。

「生島君もご存じだろうけど、現代のスポーツイベントはメディア・スポンサーが果たす役割が大きいわけです。でも、箱根駅伝は違う。長い歴史を紡いできたのは学生たちの意志と情熱。これなんです。太平洋戦争で中断しても復活できたのは、学生たちに『走ることで元気を出そう』という固い意志があったからですよ」

田中さんはいま、WOWOWの社長を務めている。WOWOWが十八番としているテニスだけでなく、パラスポーツのドキュメンタリー、そしてラグビー中継が増えたのも、田中さんがいるからだろうな……と私は勝手に想像している。

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