幸一の「人間的魅力」のなせる技
幸一の人材スカウト力に関して、渡辺は筆者にこんなエピソードを披露してくれた。ブラジャーの試作品第1号のモデルが幸一の妻の良枝であったことは既に触れたが、その後は渡辺がモデルとなって試作品を作っていたというのだ。
「裸になってモデルをするのなんか、なんとも思いませんでしたね。今思うとね、ようそんなことやってたなと思いますけど」
いくら気が強いと言っても妙齢の女性である。これも幸一の人間的魅力のなせる技だった。
「徳があるんです。人材の得られる人と得られない人では違ってきます。人材の得られる人は、やっぱりトップになっていきますわね」
渡辺はそう語ったが、その“徳”に惹かれた人材の一人が渡辺あさ野だったわけである。
しばらくして、渡辺が幸一にこう言ってきた。
「塚本さん、電動ミシン買ってくれません?」
電動ミシンはこれまでの足踏みミシンとは性能が格段に違う。大量生産体制の確立には必須のアイテムだった。
渡辺からの要望に応え、幸一は大谷ミシン(現在の大谷)から電動の大型ミシンを5台ほど購入した。
こうして大谷能基社長以下6名がやってきて、工場内で設置作業を行ってくれることとなった。設置作業は終業後のみ。立ち会いをするのは渡辺だ。大規模なものだけに、3日3晩徹夜してようやく工事が完了した。
「おまえたち、渡辺さんを見ならえ!」
大谷ミシンの人間は昼間にわずかな時間ながら仮眠ができたが、渡辺は昼間も働いている。渡辺あさ野という女傑は、底なしの体力の持ち主でもあったのだ。
組み立てが終わった日の早朝、渡辺がやれやれという顔で近所の風呂屋に朝風呂に入りに行ったのを大谷社長は覚えている(「ミシン整備に徹夜の連続」大谷能基著『ワコールうらばなし』所収)。
大谷は感じ入り、部下たちに、
「おまえたち、渡辺さんを見ならえ!」
と叱咤した。
その後も大谷と渡辺のコンビで、次々と電動ミシンが増設されていった。
当時は頻繁に停電がある。渡辺はそれに備え、足踏みでも動かせるよう大谷ミシンに改造を依頼したというから周到だ。いやそれどころか、受注が多い時には縫製工の家庭のミシンを持ち込ませたという。
取引先から工場見学の依頼が入り始めたのもこのころからである。見学者はみな、その効率的な作業風景に感心して帰っていく。従業員たちの士気も上がった。
幸一も裁断室の中に入ってコルセットの改良に取り組んだ。こうした姿勢が刺激にならないはずがない。渡辺あさ野という強力な助っ人の協力を得て、幸一は生産部門のリーダーとしての求心力を日々高めていった。