「きみには2つのチョイスがある……」
宇治は相手の言葉を遮り、英文のレターを読み上げる。
制服のズボンをはかないことは就業規則違反であり、改善されなければ処分を受けるという内容だった。
「きみには2つのチョイスがある。1つは就業規則を守ること。もう1つは会社を辞めることです」
厳しい表情で宇治がレターを差し出した。法律的に解雇の根拠となり得る文書だ。
「分かりました」
営業マンは抵抗を諦め、淡々と受け取り、サインした。
何でも抵抗したり主張したりしてみる傾向がある
翌朝――
「サバーハル・ヘール(お早うございます)」
「サバーハン・ヌール(お早う)」
出勤して来た件の営業マンを見ると、ちゃんと制服のズボンをはいていた。しかも、汚れていないまっさらの新品だ。
(なんだ、まったくの新品じゃないか! どこが汚れてるっていうんだ⁉)
宇治は呆れたが、営業マンは涼しい顔をしている。
「お前、いってることが違うじゃないか!」といいたい気分だったが、いってもしょうがないと思い直した。
(まあ、何でもいいから自己主張がしたかったんだろう。もしかすると、総務に日頃色々注意されるもんだから、反抗してみたかったのかもしれないな)
エジプト人たちは、何でも抵抗したり、主張したりしてみて、要求がとおったら儲けもの、とおらなくても元々と考えているふしがある。こういう発想が、何かあるとすぐ集まってデモを起こすという社会現象に通じている。
不正が発覚、最後は自分から辞めていった
この営業マンは性格が明るく、人懐っこく、粘りもあるので、期待していた一人だった。
その後、態度もあらたまり、仕事ぶりもよかったので、7月にショブラ地区のデポのセールス・リーダーに昇格させた。しばらくはリーダーとして真面目に仕事をしていたが、翌年になると身勝手な言動が目立ち出した。5月に3グラム品のパック(10カレンダー=120サシェ)を定価の21エジプトポンドではなく22.5ポンドで販売し、差額を着服していた不正が発覚した。ペナルティとして、減給と営業手当(1日12ポンド=約171円)の1年間の停止処分にしたところ、自分から辞めていった。