「ほんとに生きててよかった」と思える瞬間

尼崎に戻って4年、宇津呂さんは今年3月いっぱいでヘルパーの仕事を辞めるはずだった。怪談ブームもあって昨今は一年中、日本各地で怪談ライブが行われている。2021年にはポットキャストの音声番組「100円で買った怪談話」がSpotifyで総合7位に急浮上、今年7月には書籍怪談売買所〜あなたの怖い体験、百円で買い取ります〜』(ライツ社)を発売するなど、宇津呂さんも活躍の場が増え、50歳にしてついに怪談師と怪談作家の収入で生活できる目途がたったのだ。

現在は職場から求められて週2、3回働いているが、来年3月には退職予定。「怪談で食べていくって、子ども時代からしてみたら、想像つかないのでは?」と尋ねると、大きくうなずいた。

「僕もそれが仕事になるとは、みじんも思っていませんでした。やっぱり、怪談が好きっていう気持ちが大きいのかなと思ってまして。ほんまに自然と、怪談って面白いな、好きやなっていう思いが心の奥の方から溢れ出してくるんですよ。それに衝き動かされて今までやってきたので」

振り返れば、「なにか怖い話をして!」と親戚に求めた幼少期から40年以上、同じことをしている。オープンしてから10年が経った怪談売買所ではすでに700以上の怪談を集めた。それでもまだ、「怪談が好き」と思う瞬間があるという。

「売買所にお客さん来るでしょ。そう多くはないんですけど、年に1、2回、すごく怖い話する人がいるんですよ。それを聞いてぞーっとして、えーっ! と思う瞬間がもう最高ですよね。だから僕の場合、怖いって思わされた瞬間にすごく笑っちゃうんですよ。嬉しくて。そういう話に巡り合えた時は、ほんとに生きててよかったって思えますね」

怪談売買所にいる時の宇津呂さんはきっと、ヘルパーをしている時とまるで違う顔をしているだろう。冒頭に記したように、取材の日は女性ふたり組、カップル、女子中学生が訪ねてきた。5人とも自分の体験談を話していたが、事前に「短い話なんですよ」「オチがないんですよ」と伝えられても、「大丈夫です」「構いません」とすべての話に真剣に耳を傾けていた。その姿勢からは、語り手への感謝とリスペクトを感じた。

「誰にも言えなかったこと」を語れる場所になっている

怪談売買所を開く時、宇津呂さんは語り手に許可を得て録音し、それを怪談ライブで話したり、書籍に収録しているが、そうしないこともある。

宇津呂さんには忘れられない訪問客がいる。閉店時間の21時を過ぎて、片付けを始めた時に訪ねてきた女性。「もうお店は終わりですか?」と聞かれ、「まあ、いいですよ」と答えた。しかし、その女性は入り口で立ち止まったまま。「どうぞ」と呼び入れても、もじもじしたまま入ってこない。

筆者撮影
怪談話を丁寧に聞き取る宇津呂さん。売買所は、誰にも言えなかったことを語れる場所になっている。

その様子を見て、「怪談を語りに来られたんですか?」と尋ねると、女性は胸の内を打ち明けた。1年少し前に大親友が自殺してしまったこと、その出来事がいまだに受け止めきれず、思い出すたびに泣いてしまうこと。その大親友の死にまつわる不思議な体験があり、どうしていいかわからないまま、誰にも話していないこと。赤の他人になら話せるんじゃないかと思って、怪談売買所に足を運んだこと。