熊の肉を刺身で食べ、172名が集団食中毒

昭和56年の末から翌年の正月にかけて、三重県で発生した熊肉の集団食中毒は、172名がトリヒナに感染するという重大事件となった。

昭和56年12月12日、三重県四日市市の旅館で、提供されたツキノワグマの冷凍肉を、利用客5名が生食した。そのうち4名が痒み、発疹、顔面浮腫、筋肉痛、倦怠けんたい感等のトリヒナ症の症状を訴えた。

保健所が調査したところ、この旅館では同年12月から翌年1月にかけて熊肉を提供していた。喫食したのは最初に被害を届け出た5名を含め、計413名にも及んだ。このうち172名に同様のトリヒナ症の症状が認められたという。

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熊の肉を刺身で食べ、172名が集団食中毒(※写真はイメージです)

しかも、同旅館に残っていたツキノワグマの肉から、トリヒナ線虫が検出されたという。

提供されたツキノワグマは、昭和56年秋ごろに京都府と兵庫県の山中で捕獲された計8頭の肉だった。同旅館はこのうちの約20キロほどの肉を刺身で提供したという。

戦前には5人が死亡した事件も

昭和56年の事件では幸い軽症者のみで済んだが、戦前にはトリヒナ感染で死者が出た事例も記録されている。

「昭和8年の秋は、熊の出没が激しく、住民は作物の被害に頭を抱えた。これはいかんと相談して、米沢・佐藤の両人に熊射ちを依頼した。首尾よく北七線の沢と米沢農場との境界付近で大クマが射止められたので、みんな大喜びであった。

早速、馬橇ばそりにクマを積んで、熊野神社の祠前しぜんの川岸で解体された。熊の毛皮と胆はハンター両人に与え、頭は熊野神社に供え、肉は地元の全員で食べることになり、賑やかな酒宴が催された。

しかし、二、三日後になって、クマの肉を食べた者やその家族らが、猛烈な下痢にかかり、地元に蔓延して遂に五人の死者が出るなどと、大変な騒ぎになった。この原因は、クマのチフス菌によるものと言われた。やがて騒ぎも治まり、だれ言うともなく、一度、神宮にお祓いをしてもらおうという話がまとまった」(『郷土史 ふるさと東川I 創世編』)