89歳、初めて胃潰瘍を患った理由

子どもたちのうちの何人かは歯学部、医学部へ進んだ。「医者にも、歯医者にもならない」という次男の親さんも大学に進んだ。夫の稼ぎがあったとはいえ、全てが稼ぎだけで賄えるわけがない。

今年出版した著書『ほどよく忘れて生きていく』(サンマーク出版)は11刷 7万5000部に

「医大とか歯科大って、高いですもん。授業料とか含めて、いろいろ借金して。夫が76歳で他界してからは、一人で返していました」

英子さんは第二北山病院に勤務後、「うずまさクリニック」の院長として治療の第一線に立ち続け、漢方専門医としても腕を振るった。

なぜ、89歳で開業したのか。

「ある方に『先生、もう90ですよ』って言われたんです。別に年齢のことは頓着なかったんですけど、初めて分かりました。だけど、『何で、年齢で切られないといけないの?』って」

90歳を前に下された、引退勧告だった。

今まで病気一つしないできた英子さんが、この時、89歳にして初めて胃潰瘍を患い、心労と胃痛に苦しむこととなった。親さんはじめ子どもたちは、母をそばで見守っていた。

きっかけは長男のひと言

親さんは言う。

「本人は医者を続けていきたいという意志があるわけですから、じゃあ、どうするか。新たな病院に、勤め直すというのは難しいねと」

整形外科医をしている長男が、ひと言言った。

「ここまで漢方を頑張ってきたのだから、漢方で心療内科や精神科というのはほとんどないのだから、開業して、やったら、どう?」

英子さんは、穏やかなまなざしでうなずく。

「ほんと自然に、こうなって。もう、ふうっと、運んでもらったという感じです」

7人の子どもを育てたからか、患者の症状を「型にはめる」ことはしない。子ども一人ひとりにそれぞれの個性があり、思いもかけぬことをやってくれることは重々経験済みだ。

「患者さんの感じることはいろいろですし、やっぱり聞き出すことが大切やと思います。その人で感じ方が違うから、考えてあげないかんのやなと思います」

何と、優しい診察室なのだろう。心の苦しみをうまく言葉にできない人は少なくない。「やりがいなんてないですが、自分がこうだと思って処方した薬が効いて、具合が良くなったと喜んでもらったら、うれしいですね」