機内にあった食料をかき集め、水源を目指す

子供たちは、ありったけの食料をかき集めると手を取り合い、機体のドアを開けて外へ踏み出した。水源の重要性を教わっていたレスリーさんは、川を探すことを目指してきょうだいを率いた。その後1カ月以上も続く、密林でのサバイバルの始まりとなった。

アマゾンの密林に墜落したセスナ機。(写真=コロンビア軍ツイッターより)

子供たちが第一歩を踏み出した痕跡を、のちの捜索メンバーは米ワシントン・ポスト紙にこう語っている

「(事故現場に)近づくにつれ、死臭が感じられた」「しかし彼らはまた、生命の兆候をも感じた。機体のドアが開いていたのだ」

レスリーさんはやみくもに墜落現場を去ったわけではなかった。母親をやむなく機内に置き去りにするという胸が締め付けられるような状況のなか、生き延びるために必要な物資を確保するという極めて賢明な選択を行っている。

米公共放送のNPRは、捜索班に加わった先住民族の発言を基に、発見時の状況を報じている。子供たちは発見時、2つのバッグを携えていた。中には「衣類、タオル、懐中電灯、携帯電話2台、オルゴール、ジュースのボトル」が入っていたという。携帯電話は電波が届かず、助けを求めることはできなかった。

人間は3日間水なしで生きられないといわれるなか、ジュースのボトルが大いに役だったようだ。CNNなどによるとレスリーさんたちは常に川沿いを歩いた。だから水には困らなかった。そしてジュースが空になったあともこのボトルに水を入れて持ち歩いたという。

唾液と体温で種をほぐし、きょうだいに分け与える

食料は当初、主に機内に持ち込んでいたものでしのいだ。AP通信によると、子供たちのおじ・バレンシアさんは「飛行機が墜落したとき、彼らは(残骸から)ファリーニャを取り出し、それで彼らは生き延びた」と語っている。

ファリーニャはキャッサバ芋を乾燥させて粉末にしたものだ。アマゾン地方の人々に愛用され、ブラジル料理でも重宝される。1.5kgほどを機内から持ち出したようだ。これだけでは4人が1カ月を生き抜くのに足りないが、遭難の時期が不幸中の幸いとなった。コロンビアの政府機関・家族福祉研究所の所長は、ジャングルが収穫期であったため果実を確保しやすかったのではないかと説明している。

レスリーさんたちがかじった果実は、捜索隊に生存を知らせるメッセージになった。AP通信によると捜索隊は、ジャングルに残された「足跡、哺乳瓶、おむつ、そして人間がかじったとみられるフルーツのかけら」を発見。まだ彼女たちが生存しているとの確信を捜索隊に与えたという。

おじのバレンタインさんはまた、「ファリーニャがなくなると彼らは、種を食べ始めた」と語る。種は堅く食用に適さないが、CNNが伝える発見時のレスリーさんの様子は、彼女に備わる生きるための知恵を物語る。