もう一冊、奈良本訳の『武士道』と併せて、ぜひ読んでほしい書に李登輝氏の『「武士道」解題』がある。私は、JFEスチールの社長に就任した2003年にこの本を読んだ。
台湾総統を務めた李氏は、日本の大学に学び、アメリカに留学した経歴を持つが、彼も新渡戸稲造と『武士道』に強い影響を受けている。
本書で李氏は、自身の生い立ちや為政者としての経験などを織り込みながら『武士道』を丁寧に解説している。彼も非常に博識であるが、台湾総統として、中国、アメリカをはじめ、諸外国と渡り合ってきた人物だけに、エピソードも豊富で現実的。併読することで、より深く『武士道』を読み解くことができる。
特に李氏は、現代の日本で武士道があまり顧みられないことを嘆き、国際化の著しい今こそ武士道の精神が大切だと述べている。私も同感だ。
日本企業が世界で活躍する現代でも、海外の人から見て日本人はわかりにくいところがあるらしい。それは、自分の意見をはっきり言わないからだと思う。そのために不信や誤解を招くことも多い。
自らの経験として、国際的な交渉では自分の意見や立場を堂々と表明し、相手との違いを明らかにすることから始まる。互いの妥協点を探るにしても、最初の立ち位置があいまいなままでは、交渉はうまくいくわけがない。
また、相手が理不尽なことをしたときには、臆せず毅然とした態度をとることも必要だ。私の川鉄副社長時代、フランスのユジノール(現アルセロール・ミタル)社と、提携話を進めていて裏切られたことがある。同社は川鉄としか提携しないと言っていたのだが、実は裏で他社とも交渉していたことが発覚したのだ。