短期の利益と中長期の目標、どちらを優先すべきか

――気持ちは伝わってきますね。

【村井】そうですね。各クラブとJリーグの間に立つチェアマンには両側から強烈な磁力が働くわけです。各クラブの経営者にとっては目の前の1試合、1シーズンが全てなんですね。いかにチームを強くして、スタジアムを満員にして、その年度を黒字にするか。3シーズン連続で赤字だと退会というルールもあったりしますから、もう必死です。明らかに観客動員が減る平日開催なんて、絶対にやりたくないわけです。

一方Jリーグのほうには「百年構想」をスローガンに5年、10年の計画で日本の文化の中にサッカーを定着させよう。サッカーの普及によって日本の社会を良い方向に変えていこうという中長期の目標もあるわけです。

平日開催にすると、確かに土日にスタジアムに来てくれていた人の何割かが仕事で来られなくなってしまう。でも土日が仕事で平日にしか来られない人もいるはずで、そうした人たちがスタジアムに来てくれればサッカーファンの裾野が広がります。5年、10年の単位で考えれば、そちらのほうがいいかもしれない。

撮影=奥谷仁

「2000万円」で理事がピクッと反応した

――全チーム反対でも、簡単に諦めるわけにはいかない。

【村井】朝の会議は全会一致の「開催は困難」で終わったのですが、日中にスタッフと相談して、想定される逸失利益をJリーグが補う方法を考えました。減った入場料収入をそのまま補塡ほてんするわけにはいかないので、平日開催のプロモーション費用をJリーグが負担する形にしました。平日開催という新たな市場創造にJリーグが投資をするわけです。

クラブには、そのお金でグッズを配ってもらったり、ビアパーティーを開いてもらったりする。逸失利益は約2000万円と弾きました。

その日の夕方にもう一度J1の実行委員を集めてこの制度を説明したのですが「2000万円」という具体的な金額を出した瞬間に、何人かの理事の方がピクッと反応したのがわかりました。

同時に私がやったのは、各クラブとDAZNさんの意識のり合わせです。各クラブには、こんなふうに説明しました。

「欧米のビジネス思考には古いものを壊してそこに新しいものを作るスクラップ&ビルドという発想があって、それがイノベーションを生んでいる。DAZNも彼らなりに日本にサッカー文化を定着させようとしている。突飛なアイデアのように映るかもしれないけれど彼らの思考回路も理解してほしい」