ひとつには、周知が不足していた可能性がある。AIを活用して瞬時にリアルな月を再現する機能は、その内部動作を含めて正しく周知されていたならば、むしろ興味深い試みとして歓迎されていたかもしれない。
月が常におなじ面を地球に向けていることに着目し、限られたパターンを学習すればどの写真も画質を向上できると発想したところまでは、ある意味でスマートだった。
しかしサムスンは、「100倍ズーム」を強調したマーケティングに走ってしまった。ズームとはカメラの画角に入ったものの「拡大」を想起させる表現であり、処理の実態を表しているとは言い難い。
夜空の月という特定のシーンを想定した機能ではあるが、影響は大きい。サムスンが大々的に広告したことで、美麗な月の姿は、カメラの性能を視覚的に理解する代表例となった。Galaxyのカメラ性能全般が実態よりも高いかのような誤解を与え、マーケティングを信じたユーザーを失望させる結果となった。
ユーザーに性能を誤解させるべきではない
アーズ・テクニカは、「(月という)極めて限定的な用途であり、ほかの被写体に広く適用できるソリューションではないため、サムスンが欺いているように感じるのだ」と指摘している。
なお、AIによるこの描画は「シーン別に最適化」などの自動シーン判別機能を有効にし、高倍率ズームで月が検出された際に起動する。設定でオフにすることは可能だが、広告のような鮮明な月は撮影できなくなる。
Galaxyシリーズは今年2月に最新型のS23 Ultraが国内で発売となったが、いまだに「100倍ズーム」は国内メディアでも大きく取り上げられており、性能を誤解しているユーザーも多いことだろう。
サムスンとAIをめぐっては3月下旬、あるユーザーが「リマスター」と呼ばれる自動修正機能を適用したところ、生後7カ月の赤ちゃんの写真に勝手に歯が生えたとの騒動も持ち上がっている。ヴァージなどが報じた。
AIの進化により画質が向上するのであれば、確かに好ましいことだ。だが、AIが「こうである」と推定したとおりに画像に手を加える手法は、まだ賛同を得られる段階に達していないように思われる。
説明を怠り、あたかもカメラの物理的な性能が優れているかのように誤解させたサムソンに、ユーザーが落胆を覚えるのも無理はないだろう。純粋な技術としては興味深いだけに、PRの方向性を間違え「嘘」に成り果てた経緯が残念でならない。