ブレなければ市場が勝手にブレてくれる

最後章「投資とは不確実性を相手にするゲーム」は、本書の白眉である。僕が一番しびれたのは、「自分はブレず、当たり前のことをきちんとやっていればそれでいい」というくだりだ。投資においては常識の背後にあるロジックをきちんと理解して、現実的主義に徹することがもっとも大事だと著者は繰り返し強調する。そう言うと、「そんな普通のことをやっていいのか」とか、「ひとと違うことをやらないと儲からないのではないか」という反論が出てくる。でもそれでいい。堅実で常識的なスタンスで投資をしていれば、そのうちに相場のほうが勝手にブレるからである。つまり、逆張りは狙ってやるものではない。自分の原理原則に忠実に行動していれば、期せずして「逆張り」になる。まことにシビれる話である。

地に足をつけて、謙虚に、現実的に市場とつきあう。大負けすることを避けながら投資というゲームに参加し続ける。それを続けていけば、相場が勝手にブレる。結果的に独自のポジションがとれるようになる。これが、著者の考える「長期投資」である。商売にしても同じである。当たり前のことを普通に、しつこくやり続けているということが大切なのだ。無理に裏をかいたりしても、策士策に溺れるだけである。戦略の本質は違いをつくることにある。しかし、それは奇を衒うということではない。

「株式投資なんかで夢は見るな。夢は仕事で追え」と広木氏は釘を刺す。株で何億儲けた、資産を何倍にしたといった一攫千金の話は聞き流せ。ゆめゆめ投資で夢をみてはいけない。株で儲けたら豪邸を建てるとか、海外移住をするという妄想はハナから持たない方がよい。なぜかといえば、そんなことは実際にはほとんど起きないからである。株式投資で夢を見るのは、交通事故で死ぬのを心配して外に出ないというのに等しい。

身も蓋もない話である。しかし、みんなが身も蓋もないことに蓋をして、見て見ぬふりをしているのが株式投資の世界。その中にあって著者は、あっさりと蓋をとり、身の中にある実をつかみ出し、核心部分を手にとって見せてくれる。周りが全員背脂ギラギラの濃厚とんこつチャーシューメン(煮卵追加)をがっついている中で、一人淡々とせいろそばを食べているかのような別境地である。しかし、このせいろそばにはキレがある。つゆのダシにもコクがある。味わい深い一冊である。

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