導入が遅れた町では3倍の人に血栓ができた

一方で厚真町の隣の町では段ボールベッドの導入が遅かった。ぼくがその町の職員に段ボールベッドの必要性を説明しても「段ボールベッド? なんですか、それ」という反応だった。結局、隣の厚真町も入れたのだから、と受け入れましたが、希望者を募った。住民は遠慮しがちですから、避難者の約2割しか段ボールベッドを使わなかった。

山川徹『最期の声 ドキュメント災害関連死』(KADOKAWA)

すべての被災者が段ボールベッドを利用した厚真町に比べて、隣の町ではエコノミークラス症候群の原因となる血栓ができた人が3倍に上りました。

――球磨川の氾濫でもそうでしたが、自治体の担当者が段ボールベッドの必要性を理解しているか否かで導入への流れが変わってしまうのですね。

そこも大きな問題です。全国で標準的なシステムがないから、どうしても属人的になってしまう。1741の市町村が1741通りのやり方を持っている弊害です。この点も早急に改善すべきなんです。

儲けはないし、活動費用は持ち出しだが…

――こうした水谷さんの活動は従業員やご家族の理解があってこそなんでしょうね。

いや、それがなかなか難しいところで……。ただし企業には見える価値と見えない価値があると考えているんですよ。見える価値が売り上げです。もう一方で目には見えない価値も存在する。災害支援にたずさわる人たちは、Jパックスという社名を知っています。段ボールベッドを開発したばかりの12年前には想像もできなかった状況です。

以前、東京ビッグサイトで開かれた展示会で、トルコの段ボール屋さんと知り合ったんですよ。この2月にトルコで大地震が起きたでしょう。ぼくはすぐにトルコの段ボール屋さんに段ボールベッドの設計図を無償で渡しました。トルコの被災地でも段ボールベッドを利用してもらえれば、と。

撮影=山川徹
インタビューに応じる水谷嘉浩社長。2022年、避難所や段ボールベッドの研究で博士号を取得した。「世界で唯一の段ボールベッド博士」という。

実は、ぼくの活動は企業のブランディングでもあるんです。いま段ボールベッドで儲けは出ていないし、ぼくの活動費用は持ち出しです。でも災害が起こり続けるから活動をやめるわけにはいかない。首都直下地震や南海トラフの危機もひんぱんに語られている。だからこそ、段ボールベッドなどを活用し、避難所の環境を改善して災害関連死を減らしていく。その活動が、5年後、10年後のJパックスの価値になると信じているんです。

けれど、何より目の前に被災して苦しんでいる人がいて、自分にはそれを解決できる手段である段ボールベッドを持っている。それでこの活動をやらない選択肢はありませんからね。

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