その前後から、原告は上司から冷遇され続ける。担当業務は顧客と接する機会がほとんどない内容や時間帯に限られ、月に5000円あまりの手当が出ないほど極めて低い人事評価が続いた。これは労働者の幸福追求権を害する処分だとして、原告は郵政公社を相手取り提訴したのである。
森弁護士は、ヒゲを不可とする身だしなみ基準を、全面的に無効とはいわずとも、せめて「不快感を与える(整えられていない)ヒゲは不可」と、限定的に読むべきであると主張した。
地裁は、森弁護士の主張を全面的に支持したうえで、原告のヒゲは不快感を与えないと認定。未払い手当の支給と慰謝料約37万円の支払いを公社側に命じた。
「ヒゲの従業員を見て、不快感や威圧感を覚え、重要な用件を頼みたくないと考える人もいるのは確か。だが、そんな差別的な直感を、法的に保護すべきだとは思えない」(森弁護士)
奇抜な格好をしている人ほど、意外と真っ当な常識人で、拍子抜けすることは多い。また、誰にも文句のつけられない仕事ぶりを目指し、自分へのプレッシャーをかけるため、あえて目立つ風貌を選ぶ人もいる。
「従業員のヒゲが許容されるには、世間の『慣れ』も重要。見慣れて珍しくなくなれば、状況は変わるはず」(同)
約15年前、中学校の校則違反に絡む刑事裁判の法廷で、担当裁判官は「もし、私が金髪でピアスをつけていたら、みんなは私の話を聞いてくれると思いますか。それぞれの場所には、ふさわしい格好がある」と被告人を説得し、話題となった。
様々な先入観や偏見にさらされそうな「ヒゲ裁判官」「金髪裁判官」は、いまだ世間で受け入れられにくいだろうが、そんな窮屈な司法が、個人のライフスタイルを重視する判断を示した事実は重い。大阪高裁における控訴審の行方にも注目したい。