アリが仕掛けた「危険な賭け」

第1ラウンドのゴングが鳴ると、アリは軽やかなフットワークでフォアマンの突進をかわしながら、ジャブから右ストレートを打った。全盛期のフットワークを思わせる動きは観客を沸かせた。

序盤はフットワークを使い、ジャブを突いてフォアマンを疲れさせ、中盤以降に勝負をかけるというのが、アリ陣営の作戦だった。アリの速いショートパンチが何度もフォアマンの顔面を捉えたが、いずれも軽いパンチだった。

フォアマンは強烈な左フックを打つが、アリは間一髪でかわした。アリは、好調の滑り出しと思わせたが、2分過ぎに足が止まった。フォアマンはアリをロープに詰め、重いパンチを叩き込んだ。アリはガードしてパンチを防いだ。

第2ラウンドもアリはフットワークを使わず、開始早々にフォアマンにロープに追い込まれた。アリのセコンドは「ロープから離れろ!」と怒鳴ったが、アリは自らロープを背負って戦った。フォアマンは左右のフックをアリのボディから顔面に打ち込んだ。しかしアリも打たれっぱなしではなかった。フォアマンのパンチが途切れた隙を狙って、ショートストレートを放った。

だがヘビー級史上最強のパンチの持ち主と言われるフォアマンに対して、ロープを背にして迎え撃つという戦い方は自殺行為だった。フォアマンのパンチは一発でもまともに食らえばダウン必至である。

しかしアリはかたくなに戦い方を変えなかった。後にアリ自身もトレーナーも語っているように、この作戦は事前に計画していたものではなかった。第1ラウンドにフォアマンとグローブを交じえた瞬間、アリ自身が瞬間的に決断したことだった。アリはフォアマンにパンチを出させて疲れさせようと考えたのだ。だが、それは危険な賭けだった。

ジョージ・フォアマン(左)と対戦するアリ(右)(写真=PD-AR-Photo/Wikimedia Commons

アフリカの気候が戦い方を変えた

第3ラウンドと第4ラウンドも、第2ラウンドと同じ経過を辿った。アリは顎と頭には致命的な一撃は食らわなかったものの、ボディに強烈なパンチを何発も受けた。

アリが頭部に致命的な打撃を受けなかったのは、ロープのせいであったとも言われる。前日に作られたリングはアフリカの強い日差しを受けて、ロープのテンションが緩くなっていたのだ。そのためアリがフォアマンのパンチを避けるために体をのけぞらせることができた。後に、アリのトレーナーのアンジェロ・ダンディーが事前にロープを緩ませていたという噂が立ったが、それは事実無根である。

アフリカの強い日差しは、実はキャンバスにも影響を与えていた。キャンバスの下には通常エンサフロアと呼ばれるラバーが敷き詰められている。これはダウンしたボクサーが頭部をリングに打ちつけた時の衝撃を和らげるためのものだが、このラバーが熱でふわふわになってしまっていたのだ。

柔らかいリングは、フットワークを使うボクサーにとっては大いに不利になる。素早く動けないばかりか、疲労も蓄積する。アリが第1ラウンド2分過ぎにフットワークを使うのをやめ、ロープを背にして戦うことを判断したのは、長年培った経験からきたものかもしれない。アリは後にこの作戦を「ロープ・ア・ドープ」(ドープ=麻薬という意味)と名付けた。