「出産しないかもしれない」というだけなのに…
私はこの人たちの言葉がこっけいだと思う一方で、心に小さな傷がつく気がした。彼らの言葉が正しいとか意味があるからではなく、他人の選択にここまで積極的に悪意を向けてくる人たちの存在を目の当たりにしたからだった。自分は「正常」で「平凡」だと思い込み、平気で他人を傷つける彼らもまた誰かの親だということが残念だった。
もちろん、彼らすべてが子どもを産んだり育ててる人だとは思わない。しかし、女性が出産しないかもしれないと意思表明するだけで、まるで地球が滅亡するかのように怒りをぶつけてくるインセル〔非自発的独身主義者(Involuntary celibate)の略で、ミソジニーという意味でも使われる〕と呼ばれる人たちがたくさんいるのも事実だ。
オンライン上だとよけいに無礼な表現が使われるということもあるが、インタビュー参加者たちが話してくれた経験もやはり、そういった人たちからのありとあらゆる無礼とおせっかいのオンパレードだった。
【ジュヨン】最初は、「子どもは産まないつもりなんで」と言ったら、ある上司が「いつ離婚するの?」と言ってきて。「子どもがいないなら離婚する、子どもがいれば我慢して長続きする」って。
※ジョユン 41歳。結婚10年目。釜山で公務員として働いている。他の地域に勤務するパートナーと週末婚。
【ボラ】恩師のように慕っているご夫婦がいらっしゃるんですね。挨拶にいったら奥様が私を上から下まで舐め回すように見ながら、「妊娠したの?」と。知り合いの教授は結婚して以来、会うたびに「まだニュースないの?」と言い、夫には「妊娠させたか?」と言ったそうです。あとで私が「そういうことは言わないでください」と伝えました。子どもを持たない人たちは、そういう質問をしないのに、子どものいる人たちはずけずけと言ってくる。夫の高校の同級生が「お前たちいつまでそうしてるつもりだ?」と聞いてきたので、夫が「俺は今がすごく幸せだ」と言ったら、「嫁さんがかわいそうだろ?」と言ってきたらしいです。
※ボラ 38歳。結婚5年目。芸術家。同業者のパートナーと釜山に暮らす。
「欲しくてもできない女性もいるのに」
【ヨンジ】自己紹介をする機会があったんですけど、子どもがいるかと聞かれたので「結婚して猫を飼っていますが、子どもを育てるつもりは今はありません」と言ったんですね。そうしたら、ちょっと年配の方がかっとなって「あなたね、簡単にいいますね。もしこの場所に子どもが欲しくてもできない女性がいたらどうするんですか」と責められて。それって私と関係ないでしょ!(笑)それからその場にそういう女性はいなかったんです。すごい不快でした。子どもを持つ計画がないと言えば「えらそうに、じゃあうちらはバカだから産んだのか?」こういう具合に受け止める人がいるんですよね。じゃあなぜ聞くのかと思います。
※ヨンジ 39歳。結婚9年目。造船所勤務のパートナーと猫2匹と、慶尚南道統営で暮らす。書店と読書会、文章教室を運営。
ヨンジの話を聞いていると、「あんたはそんなに偉いのか?」という思考パターンは韓国社会でよくみかけるコミュニケーションのやりとりの一つだとは思った。
端的な例としては、私はベジタリアンではないが、ベジタリアンに向けられた非ベジタリアンたちの怒りにはどうしていいかわからなくなる。他人の人生を侵害していないのにもかかわらず、少数派の生き方を選んだ人たちは、簡単にヘイトの標的になり、彼らの選択は絶えず疑われ、干渉されるうちに、その選択の価値を卑下するようになる。女性に「気が強い」というフレームをあてはめて男性を被害者扱いするのは、子なし夫婦を見下すときによくあるやり方だ。