「これ以上は無理だと自分の限界を作ってはいけない」

プロでいられるのは36歳まで。人生半ば過ぎた私は試合に出ることはないし、スパーリングもやらない。ある時、「私は何に向かっているのか」「私は何を目指せばいいのか」と会長に聞いてみた。

「目指す先など決めなくていい。とにかく前へ進むんです」
「これ以上は無理だと、自分の限界を作ってはいけない」

会長はシンプルに答えた。なるほどね。自分に負けないこと、気持ちが一番大事。これは、全てのことに通じることだろう。世界を見た男の言葉は重みが違う。

撮影=筆者
棚に並んだグローブなど

徳島の海辺で育ち、2歳半からボクシングを始め、世界チャンピオンを勝ち取り、6回防衛した川島会長の話を聞けるのも醍醐味だいごみだ。子供の頃の毎日の練習、選手時代の苦悩……、どれだけ心が強いんだろう、と尊敬する。会長の下で、強い意志を手に入れられれば怖いものはない。

川島ジムはプロを育て興行もしている。テレビ中継さえ見ることができなかった私が、今年に入り、すでに3回も後楽園ホールに足を運んだ。

初めての試合観戦は、最前列のゴング後ろ。特等席だ。「汗と血が飛び散るかも」と言われて、ビクビクしながら行ったが、見終わったとき、私の目は血走っていた。生死をかけて戦う者を見ているうちに、選手に自分を重ね合わせていた。打て、下がるな、ジャブだ、ボディだ、今だ、おい何やってるんだ、打つんだ……。

「ボクシングを始めた」と仕事仲間や友達に話すと「何を求めて始めたのか」とよく不思議がられる。「ダイエット」という返答は、最近はもうしない。違う目的に変わったのだ。

練習を終えぐったり(写真提供=筆者)

ジムの入り口に貼ってあるポスターにも心を奪われた。

「心が強い人は、強くなれます」と書いてある。このコピー、やっていない頃の自分には全く響かなかっただろうが、今の私には刺さった。深く強く。

心が強くないと、ボクシングは勝てない。顔がズタボロになり、みじめにマットに沈むだけだ。試合を見ていても感じたが、粘り強く相手に向かっていくにはパンチの技術力はもちろんだが、それ以上に精神力が必要だ。私は負けない、絶対負けない。前へ、前へ、前へ。そうだ、私が欲しいのはこの強い心だったのだ。

仕事で何かあるとすぐにへこたれたり、ダイエットがうまくいかなかったりするのも、心が弱いから。強い心さえ手に入れられれば、最強の自分になれる。

みんなどうしてボクシングを選んだのだろう。ちょっとジムの仲間に聞いてみた。

週5通う女性経営者(50代):「筋肉をつけたくて始めたけれど、いつの間にかその楽しさにはまり、得たものは会長の人間力ね」

ボクシング歴17年の男性(50代):「まだ動ける自分に陶酔できる、まだいけるなって。でも自分に勝つのは難しいですね」

ダイエット目的で始めたばかりの女性(20代):「もっともっとうまくなりたい」

心強くなるという点では、私は、まだまだ心は緩いけれど、体幹が鍛えられてきたことで、心身共にぶれない自分が育ってきた。実は、意外とくよくよするタイプで、悩み始めると人知れず落ち込むことも多かったが、くよくよの塊は、その日のうちにパンチでボコボコにして遠くへ吹き飛ばすすべを得た。

腹筋も筋トレも、縄跳びも1000回跳ぶと決めたら跳べるまで頑張る自分もいる。まっ、いーか、やーめた、ではなく。気持ちが負けないようになってきた。

心にも体にも筋肉がついてきた。筋肉は一生増え続けるというし、老若男女の仲間を見ているだけで無限大の可能性を肌で感じられる。

生まれて初めての格闘技は、私の人生を確実に変えた。

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