苦しみをもたらす理由はだいたい同じ

人の苦しみは、財産にも、学位や資格やパスポートの番号にも、食べるものにも、本棚にどれだけ本があるかにも、関係ありません。苦しみをもたらす理由も、その根本は変わりません。父親の莫大ばくだいな遺産をめぐって母親ともめる息子の怒りも、わずかな年金をめぐって母親ともめる息子の怒りも、同じです。

社会階層は違って見えても、誰もが同じ痛みへの怖れ、同じ孤独、同じ愛、同じ怒り、同じ罪悪感、同じ宗教上の軋轢、同じふるまいを経験します。

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どれだけお金を積んでも逃れられない

2種類の患者を比べると、それぞれの場でできるかぎりのケアを受けていても、経済的に恵まれた患者ほど苦しんでいるようです。裕福な人たちは、“お金があればすべてを変えられる”“高価な病院に入り、高価な医療スタッフを雇い、高価な薬を使えば健康が取り戻せる”と信じています。

でも、どれだけお金を積んでも、最期のときから逃れることはできません。

人生に多くの選択肢があった人ほど、死を前にすると、後悔の波にのまれやすい傾向があります。逆に、生き抜くというただひとつの選択肢しかなかった人ほど、逆境のなかでも最善を尽くしてきたという揺るぎない自信をもって最期を迎えられます。

ホスピスに「プライバシー」はありません。そんな上等な言葉は、孤独を生み出すだけです。ホスピスではふたり部屋なので、患者が死を迎えたとき、同室の人はそれを目の当たりにして、もうすぐ自分の番がやってくると悟ります。痛ましいようにも思えますが、隣の人の死を経験すると、死の瞬間は平和だという意識が生じるのです。