一回、都庁下に住んでしまうと“定住”したくなる

すでに代々木公園南門前には行列ができていた。先頭には弁当が入ったダンボールが二箱あり、主催者が箱を開けると黒綿棒は中身を確認するために高校野球の伝令のように飛んで行き、「今日はカレーで~す!」と最後尾まで伝えに回っていた。さすがにお節介だろうと思ったが、黒綿棒と同様に「中華丼じゃなくてよかった」とホッとしている人が何人かいた。カレー弁当を二杯食べ、ベンチで食休みをする。

「一週間いると炊き出しのスケジュールがなんとなくわかってきます。わざわざ池袋まで足を延ばす必要はまったくないですね」
「そうでしょうとも。一回ここに住んでしまうとほかの場所に移ろうって気にはならないでしょう。雨風しのげて飯も食えて二十四時間ベースを張れる。ほかの場所がどうかは知らないけども」

私といえば、そろそろ都庁下を後にして上野に移動しようと考えているが、本当のホームレスだったらまず移動などしないだろう。上野に雨風をしのげる場所があるのか、飯は食えるのか、そういった情報がまったくない。そんなリスクを冒してまで移動するメリットが一つもないのである。

自転車がないホームレスであればなおさらだ。それなりに増えた荷物をすべて持って、上野まで歩いて移動する意味が一つもない。なんだか東京二十三区の西部と東部が、旧西ドイツと東ドイツのように分断されているような気になってくる。西部にいるホームレスにとって東部は未知の国である。

筆者撮影
引っ越したくても引っ越せないし、引っ越す意味もない。

置き去りにされたキャリーケースの謎

食休みをしてからベースに戻り、都庁下の炊き出しを受けると、たちまちすることがなくなった。「拾ったフリスビーがあるから島野君(編注:國友氏のとなりに寝ているホームレス)と三人でする?」と黒綿棒に提案されたが、働き盛りのホームレス三人がフリスビーをする光景など地獄でしかないので、二人で都庁の周りをぐるりと回ることにした。

これはホームレス生活をする前から気になっていたことだが、都内の路上にはキャリーケースが電柱に鍵でくくられていることが往々にしてある。新宿中央公園沿いを走る公園通りには、ブルーシート等で被われた荷物が固まっているが、これはふれあい通りに住むホームレスの荷物だったりする。

ではポツンと置き去りになっているキャリーケースは一体何なのだろうか。これらは、ホームレスたちが暮らす村からは少し離れた場所にあることが多い。

筆者撮影
参宮橋駅近くのガードレールにくくりつけられたキャリーケース。