日本の高い量産品質を支える4つのカギ
メード・イン・ジャパンの価値を生み出すもう一つの源泉は、量産品質の高さである。故障が少ない、異常が少ない、サービスが不要であるなどのメリットである。日本の工場の量産品質の高さは、4つのことから生み出されている。
一つは、提案制度やQCサークルなど、現場の作業者の気づきや工夫を取り込む現場管理の方式である。海外の工場は生産効率を持続する力を持っているが、日本の工場のようには進化しないといわれている。日本では、現場の人々がさまざまな改善のアイデアを出すことによって、生産効率の改善や不良品の削減が行われている。
第二は、製造現場と設計部門の距離が近いために、現場の人々が生み出した知恵を次の製品の製品設計に生かすことができる。この距離は3つのレベルでとらえることができる。第一は、物理的距離である。設計部門が工場に常駐していることが多い日本の工場では、物理的距離が近いため、製造部門から設計部門へのフィードバックが容易なのである。第二は、組織的距離である。製造グループと設計グループが同じ上司によって管理されている場合には、組織的距離が短いといえる。最後は、心理的距離の近さである。製造グループと設計グループが同じ企業の従業員として同じ仲間だと感じている場合には、心理的距離は近いと考えることができる。後に述べるように、これらの距離は遠くなりつつある。
量産品質を支える第三のファクターは、現場の人々の仕事への姿勢である。報酬がほしいから仕事に取り組むのではなく、仕事にまじめに取り組むのは人間として当然の義務だという意識である。このような意識は、文化的な産物であり、教育や訓練によっては容易につくることはできない。よい品質をもたらす仕事は成果主義の報酬によってはもたらせないというのは、マックス・ウェーバー以来の社会科学の常識だ。あまり知られていないが、ウェーバーは、来世を否定する儒教では、仕事に打ち込もうという精神は生み出せないといっている。このような仕事意識は文化的産物であると考えることができる。
高い量産品質を支える第四のファクターは、多様なサプライヤーの仕事の質の高さである。品質は少数の企業の力では生み出せない。部品や原材料のサプライヤーの仕事の質、電力会社の電力の供給の仕方も製品の品質を左右する。鉄道や物流会社の仕事の質も重要である。品質は、一国の産業全体の産物なのである。このように考えれば、工場を日本に持つことの価値は高い。にもかかわらず、日本の企業はその価値に気づいていない。それが当たり前だと思っているからである。海外へ行ってみて、その価値を悟るという例も少なくない。
日本企業にとっての戦略的な課題は、コストを下げることではなく、高くても買ってもらえる価値を訴求することである。1ドル360円時代と比べると、円の価値はほぼ4倍になっている。発展途上国の追い上げも厳しい。このような環境では、コストで競争することは難しい。勝つためには、高くても買ってもらえるだけの価値の訴求が必要である。このような環境にある日本企業にとってレノボの決定は、貴重なヒントになる。パナソニックのレッツノートは、メード・イン・神戸であるが、高価格を補ってあまりある価値訴求に成功している。
レノボが示しているようにメード・イン・ジャパンは、顧客にとって重要な訴求点となりうる。他の業界でも、原産地証明を付加価値にしようという動きが見られる。靴下のタビオは、日本製の靴下を海外で高く売ることに成功している。今回のレノボの決定は、日本の電子機器メーカーにとって重要なヒントとなる。
ところが、日本企業は、高品質を支える条件を自ら捨てつつある。気になるのは、設計部門と製造部門の距離が遠くなっていることである。工場の海外移転は物理的距離の拡大をもたらした。それだけではない。国内でも、心理的距離は遠くなっている。製造現場では非正規社員が増加し、正社員中心の設計部門と同じ仲間だと感じるのが難しくなっている。レノボとNECの動きは、このような変化を逆に巻き戻す可能性を持っている。その成果を注意深く見守ることにしよう。