ロシアを襲ったソ連崩壊、体制移行という歴史的惨事

さて、これだけでも大変な歴史的経験をロシアは経たわけであるが、それだけなら、日本や欧米諸国も経験した世界大戦による犠牲が極端に大きかっただけと言えるかもしれない。

しかし、ロシアは、戦後、共産主義体制の終焉とその後の市場経済への体制移行期における社会の大混乱という経験をさらに経ることとなった。

この時期のロシアの異常とも言うべき社会的混乱を雄弁に語っている統計データは、平均寿命の推移である(図表3参照)。

年齢別の死亡率から計算される平均寿命はその国の健康状態、経済発展、社会病理の状況を集約して示す指標である。

2020年のロシアの平均寿命は、男は67.3歳、女は77.9歳である。欧米諸国と比較して短く、特に男性は10歳以上低くなっている。2019年のそれぞれ68.2歳、78.2歳から低下しているのは新型コロナの影響と見られる。

1950~60年代当時には、欧米先進国と同じくロシアの平均寿命は改善に向かっていた。現在と同様、男女差は大きく、女性の平均寿命は欧米主要国と比べてそれほど遜色なかったが、男性は欧米主要国より数歳低かった。

その後、ソ連としての計画経済期、1991年ソ連崩壊後の市場経済への移行期を通じて、起伏はあるが、全体に、男女とも低下傾向をたどるとともに、男性の平均寿命が特に低下した。女性はピーク時より3歳程度、男性はピーク時から7歳程度平均寿命が低下した。欧米諸国が全体として順調に平均寿命を延ばしているのと比較して著しく対照的な推移となっている。

こうした推移は、死亡率の上昇(特に男性)によるものであり、「1992年から2001年の間までの死者数は、例年より250万人から300万人多かったと推定される。戦争や飢餓、あるいは伝染病がないのに、これほどの規模の人命が失われたことは近年の歴史ではなかったことである」とされる(国連開発計画「人間開発報告書2005」)。

時期別に見ると、経済計画期においても、1970年代に入り、平均寿命が低下する傾向となった。社会主義圏をリードする国威の発揚のため民生が犠牲にされる結果になっていたといえよう。

具体的には密造酒を含めたアルコール消費量の拡大が背景となっていたといわれ、これに対して1985年に書記長に就任したゴルバチョフは1987年まで反アルコールキャンペーンを展開したため、1980年代後半には劇的に平均寿命が回復した。