「アメリカの約束違反」を口実に威嚇するプーチン
『第二次世界大戦秘史』を上梓した2022年2月10日に前後して、ヨーロッパではロシアが隣国ウクライナへの侵攻を行うのでは、という軍事衝突の危機が生じました。
この危機は、直接的にはロシア連邦のプーチン大統領によって引き起こされたもので、彼は「ウクライナのNATO(北大西洋条約機構、アメリカ軍を中心とする北米と西欧諸国の軍事同盟)加盟を認めないとの保証」など、いくつかの安全保障に関する要求を、アメリカとNATO主要国(イギリスなど)に提示しています。
プーチンは、1991年の東西冷戦終結とソ連崩壊以降、かつて「東側」のワルシャワ条約機構(ソ連軍を中心とする東欧諸国の軍事同盟)と敵対関係にあった「西側」のNATOが、民主化された東欧諸国を次々と加盟させ、勢力圏を段階的に「東」へと拡大してきた状況を「アメリカの約束違反」だと認識し、2021年10月頃からはその主張をウクライナのNATO加盟問題に絡めて、軍事力を前面に出した威嚇を行ってきました。
ロシア視点では「安全がじわじわ圧迫されている」
ロシア側がこの主張の根拠とするのは、1990年にソ連政府トップのゴルバチョフ大統領がアメリカおよび西ドイツ政府とドイツ統一についての交渉を行った際、NATO加盟国の範囲をこれ以上東に広げないと解釈できる趣旨の発言を、ベーカー米国務長官やコール西独首相、ゲンシャー西独外相らがしていたことでした。
現在、アメリカ政府とNATO主要国は「加盟国の範囲を拡大しないと条約等で約束した事実はない」としてロシア側の主張を否定していますが、ソ連/ロシア側はこれらの発言を「非公式な協定」と理解しており、ゴルバチョフとエリツィン、プーチンらソ連/ロシアの歴代指導者は「アメリカと西側諸国に裏切られた」との憤懣を鬱積させてきました。
ロシアを事実上の「仮想敵国」とするNATO加盟国の東方への段階的拡大を、ロシア政府側の視点で見れば、直接的な武力行使ではないものの、米軍や英軍が駐留する国の東方進出という形でロシアの安全をじわじわと圧迫する「非軍事的手段による戦略的攻勢」だという解釈も成立し得ます。