本名だろうが通称だろうが気にしない
というわけで、「親からもらった名前は一生もので、結婚などよんどころない事情でしか変えられない」という感覚はイギリス人にはない。誰かの名が本名なのかまったく関係のない通称なのか、など誰もあまり気にしないし生活に支障もない。名前でも生活上のことでもまずはルールやマナーが気になってしかたのない自分にとって、英国に移住してしばらくの間は面食らうことばかりだった。
冒頭のハウスメイト、ジョナサンの例を思い出してほしい。彼のフルネームはリチャード・ジョナサン・ロウ=ディンブルビー。ジョナサンはミドルネーム、ロウは母親からもらった姓だから、確かにジョナサン・ロウは彼の名前の中から構成されている。リチャード・ディンブルビーという著名なTVプレゼンターと同姓同名になるのが嫌だったのと、連結姓のおかげで気取った上流階級の出かと公立校でいじめられて以来、この姓名を使ってきたらしい。最近結婚し、妻の姓とロウを合わせた新たな姓を作った。ディード・ポールを書くついでに、ジョナサンを正式なファーストネームに変えたそうだ。
英国と日本の名前感覚の違いを少しでも感じていただけたことを願って、夫婦の姓についての話に移ろう。
改名は簡単、結婚の手続きは大変
夫婦同姓と別姓のどちらかにするべき、という決まりがないこの国では結婚し何も考えずに新生活を始めたら別姓のままだ。夫婦同姓に変えるほうがよほどややこしい。
英国での結婚には、教会や認可を受けたホテルなどでキリスト教義に基づいた婚姻の儀式執り行う「宗教婚」(キリスト教以外では、その宗教に基づいた儀式と別に英国法に基づく手続きが必要)、レジストリーオフィスと呼ばれる地方行政管轄の登記所で宗教に関係なく結婚登記をする「民事婚」の2通りがある。気楽にできる改名とはまったく対照的に、結婚するためのルールは厳しい。役所に届けを出すだけで婚姻が成立する日本ともだいぶ違う。
まず、重婚や偽装婚を防ぐ目的で結婚の意思を28日間、公示しなくてはならない。伝統的には新聞の告知欄や登記所の掲示板が使われる。公示期間に誰も異議を唱えなければ、資格を持つ聖職者か公証人の前で、2人の証人の立ち会いのもとに当事者が婚姻を宣言する。
ちなみに俳優のベネディクト・カンバーバッチが結婚した時には、まず古めかしい婚約の告知が新聞に掲載され冗談ではと騒がれた。しかし、それはオールドファッションなやり方を好む本人の意向だった。
そして、どちらの方法を採っても「結婚証明書」が発行される。証明書には、二人とも結婚前のステータス(独身または離婚)と出生届、再婚の場合は離婚証明書にあるフルネーム、父親の姓名が記載されている。だから結婚した直後は誰もが「夫婦別姓」であり、別姓を選ぶという届け出は不要だ。
夫婦同姓を選んだ場合でも、パスポートやクレジットカード、選挙人名簿登録、国民医療サービスなどを旧姓のままにしておいて不便なことはほとんどない。登録名や記載名を変更する場合は、どんな「同姓」にするかによって変更のしかたが変わる。