「お母さん、ありがとう」の言葉
少年犯罪が少しでも減ることを願って始めたこの活動。統計では犯罪件数は減少しているものの、社会を震撼させるような少年犯罪のニュースも目にします。
自分がやっていることが本当に役立っているのか、僕の講演を聴いた子どもたちの再犯率ははたしてどうなのか、ふと考えることがあります。
それでも、ひとりでもいいから僕の話で将来に希望を見出し、立ち直るきっかけとしてくれる子がいればと、それが活動の原動力になっています。
僕は保護司ではないし、少年院に行っても、その後、少年たちとかかわりをもつことはしないようにしています。僕が行う1時間30分の授業、その中で、自分なりのやり方で彼らに言葉を伝えるのが僕の役目です。ですから、少年院以外のところで顔を合わすこともありません。
ある町の青年会議所で講演会があった時のこと。終わったあと、僕に声をかけてきた女性がいました。
40代半ばくらいの方です。聞けば、僕が以前、講演に行ったことのある少年院に息子さんが入所していたとのこと。そのお母さんが、興奮しながら話し始めました。
「少年院から帰ってきた時、息子が『お母さん、ありがとう』と言うんです。今まで一度もそんな言葉を聞いたことがないから気持ち悪くて、思わず『何なの?』と。悪いことをさんざんしてきた子なんですよ。それが何度も『ありがとう』と言ってくれて……」
「ああ、やってきてよかった」
僕は、その少年院で話したことを思い出していました。「いいか、女の人、お母さんを大切にしろよ」という話をたくさんしました。
「きみたちは命を授かって生まれてきた。『始』という字は、おんなへんに『台』。女の人を土台にして命は始まるんだぞ」
「お母さんがどれだけ新しい命をおなかの中で守ってくれたか。十月十日だ。おなかにいるとき、みんなは息をしてないんだぜ。お母さんの体の一部として、へその緒ひとつでつながって、そこから栄養をもらっている。お母さんはそうやって十月十日、おなかに子どもを包んで育てているんだ。そう、『包む』。そして生まれ出てきたら、今度は手で包む。てへんをつけて、『抱く』。お母さんに抱かれるんだ」
そういう話を漢字を使っていくつも説明して、「お母さんを大事にしろよ」と言ったのです。それで、その少年は「おふくろに迷惑をかけてきたなあ」と気持ちを切り替えて、少年院を出たあと、素直に「ありがとう」と言えるようになったのでしょう。