この作品の内容としては、「レーニン主義とは何なのか?」「党員や労働者はどんな思想を持ち、どう振る舞えばいいのか?」「国家はどう運営されればよいのか?」といった主題を、スターリンが説いていく形になっている。

しかし、なぜ、新しい指導者としての地位を確立したいスターリンが、先代であるレーニンの思想を持ち出して、本としてまとめたのだろうか? そこがこの作品の読みどころだ。

初自著『レーニン主義の基礎』の中身

この作品を読み解く上で重要なのは、スターリンのいう「レーニン主義」を額面通りに受け取ってはいけない、ということである。

ヨセフ・スターリンの『Foundations of Leninism』の10周年記念英語版(画像=Joseph Stalin/public domain/Wikimedia Commons

実はスターリンが唯一の真理だと主張したレーニン主義とは、スターリン主義のことである。この本に書かれているレーニン主義とは、あくまでも「スターリンなりに解釈した理論や戦術」にすぎず、換骨奪胎されているのだ。

ソ連をベンチャー企業にたとえるならば、レーニンが創業者であり、側近として支えたのがスターリンやトロツキーだった。

創業者の死後、スターリンは経営を受け継いだ二代目社長として、「創業者の経営哲学」なる小冊子をつくり、社員に配ったようなものだ。

そして、「先代はこう考えていた」「先代ならこうしていた」という語り口のなかに、自分の意向を反映させていくことで、先代の影響力をそのまま利用しながら自らの仕事をしやすくする。それを露骨にやったのがスターリンなのである。

このやり方は何もスターリンの専売特許であるというわけではない。レーニンもまた、「マルクス主義」という言葉を用いながら、レーニン自身の思惑を実現させていった。そもそも、マルクスもレーニンもスターリンも自分の名前を冠した「◯◯主義」という言葉は使っていない。それを使うのは、常に後継者の人間である。

「まるでビジネス書」太字で書かれた恐怖の一文

レーニン主義の基礎』でユニークなのはその体裁だ。国民への教科書として広まることを意識して書かれているため文体自体は硬い。

しかし、一部の文章、キーワード、あるいは接続詞などが、ところどころ太字のゴシック体で書かれており、どこに注意して読めばいいかがわかるようになっている。まるで最近のビジネス書のような親切な記述だ。

こうした体裁が採られた理由は、想定読者が労働者だったからである。

当時のソ連は高等教育どころかようやく識字率が上がっていく段階にあった。本を一冊読むことは、市井の人々には大変なことだった。そこで本に不慣れな人でも、太字で強調された箇所だけを読むことで、肝心なメッセージは拾っていくことができるようにつくられたのである。