介護業界で離職率が2割減るという実績
さまざまな人事データを積極的に人材マネジメントに活用している企業も少なくない。
③のケースでは、過去に蓄積された人事評価データをベースに調査結果と選考経過などの情報をAIで分析し、入社後のパフォーマンスを予測したり、選抜人材の仕組みにも活用している。
さらに会社員人生の根幹ともいえる給与や昇進に関わる人事評価について④のように、すでに実用化している企業もある。日本IBMは前出のワトソンを活用した人事評価ツールを2019年8月に社内に導入している。職務内容、個人業績、スキル、現在の給与などを対象に分析し、人事評価を算定している。ただし、評価結果はあくまで評価者のマネージャーの補助データという位置づけだ。
そのほか⑤の離職防止や⑥のメンタル不調者の早期発見にもAIが活用されている。離職防止にAIを活用している医療・介護サービス会社の人事部長はこう語る。
「介護職員の1年以内の離職率が異常に高く、経営トップから調査して離職率を抑えろと命じられた。そこでAI関連の事業者と相談し、500人の新入社員が毎日記録している日誌をAIに読み込ませ、離職可能性が高い人はアラートが出るようにした。アラートが出た人に対し、個別にいろんな悩みなどを含めた面談を実施した。その結果、短期の離職率が2割減るという効果も生まれている」
対象者に思いもよらないリスクが生じる可能性
こうした人事データを活用した一連のAI分析は、人的労力などのコストの削減と業務のスピードアップによる効率化、何より“正しい答え”を導き出してくれるメリットをもたらす。しかし、そのデータ元が学生や求職者、従業員の個人情報であること、そして“正しい答え”というものはなく、あくまで確率論にすぎないことに注意が必要だ。予測結果に誤差が入り込む可能性があり、対象となる個人に冒頭で述べたような不当な差別など不利益を与えるリスクもある。
人事データの活用に詳しいリクルートマネジメントソリューションズHR Analytics&Technology Labの入江崇介所長はこう指摘する。
「AIの機械学習では過去のデータを使う。そこにバイアスがあると、バイアスにもとづく学習が行われ、採用や登用の選抜基準などで従業員など対象者に思いもよらないリスクが生じることもある。不利益が起きないようにするには、目的を偽って情報を収集しないように透明性のある適正な手続きを踏む、バイアスの問題があるかどうかを確認するなどリスクをしっかりと理解して運用する必要がある」
また、入江氏の編著『人事データ活用の実践ハンドブック』(中央経済社)でも「もともと男性が多い職場での活躍予測を行った際に、『活躍可能性は、男性の方が高く、女性の方が低い』という結果が得られることが起こり得る。学習データにおけるマイノリティに不利な予測が繰り返される可能性がある」と述べている。