子どもは共同で養育されるべきもの

明和教授によると、生物としての人間は、チンパンジーなどと違い、「共同養育(母親以外の複数の大人が育児に関わる)」という育児形態によって、生存、進化してきたと考えられるという。

京都大学大学院教育学研究科の明和政子教授 写真=本人提供

「人間の脳の成熟には25年かかる。脳の発達で一番時間がかかるのは、前頭前野とよばれる部分です。これは人間だけにあるもので、『メンタライジング』という、相手の立場に立ち、他人の心を推論する機能をつかさどる場所です。人間は13歳から14歳ぐらいで子どもが産める身体になるので、脳の成長と生殖機能の間には10年ぐらいのギャップがあります」

たとえば野生のチンパンジーは、メスが1人で時間をかけて子どもを育てあげ、6年から8年の間隔を空けて次の子どもを出産する。ところが人間は、子どもを産んで、その子がまだ幼いにも関わらず、2~3年経つと次の子どもを産むための体の準備は整う。しかし、子どもの自立には長い時間がかかるとともに、人間の親としての脳と心もゆっくりとしか発達しないので、ここに無理が生まれてしまう。そのことから、人間の女性は子どもを産む役割はあったが、母親だけが子育てをするのではなく、母親以外の大人も関与し、進化してきたとみられている。

「私たち人間は、『相手の立場に立って物事を推論する』という特別な力を持っています。そのメンタライジングを十分に働かせることができる、成熟した脳を持った個体が子どもを産み育てている母親とともに、相手の立場を推論し共感し、協力して支援するということができる社会を、人間は進化の過程で築き上げることができたのです」

確かに昔は、おじいちゃん、おばあちゃん、親戚のおばさんなど、たくさんの大人の目で子どもを見ていた。近所の人の助けもあった。今は、どうだろう。核家族で、母親のみに負担が集中している現代社会の状況には、無理がある。現代社会では、共同養育者として一番ふさわしいのは、父親になるのかもしれない。

育児に特化した脳の領域「親性脳」

これまでに行われてきた基礎研究からは、乳児が動く様子を見るなど、育児に関する刺激があると、脳内の特定の領域が活発になることがわかってきた。これらの領域が「親性脳(parental brain)」と呼ばれるものだ。

親性脳の領域の一つは、「情動的処理」という、子どもの状態に無意識に反応するものだという。この情動的処理という領域は、子育て経験をする中で活性化されるが、本やYouTubeから子育ての知識を得ても活動は促進されないという。

もう一つが、前述の前頭前野で起こる「メンタライジング」だ。子どもがおかれている状況や心の状態を「意識的・客観的」に判断し、どのような養育行動をするべきかを「論理的に推論」する領域を指す。子育てに適した親性脳が発達するためには、この2つのネットワークが円滑につながって働くことが必要だという。

提供=明和政子教授