インスリンの合成を出発点に決定

「何が決定打になったのか分かりません。私に説得力があったからなのか、彼に情熱があったからなのか、ビールの影響があったからなのか……」とスワンソンは回想する。「確かなのは、その夜にとにかくわれわれは合意したということです。法的にパートナーシップを組み、遺伝子組み換え技術の商業化に取り組もう、ということで」。ボイヤーはこう語る。「世間知らずで甘い考えの2人を選んでひとつの部屋に入れたらどうなるか。アルコールが入ったらいやが上にも盛り上がるでしょう」

ボイヤーは「最初の製品はヒトホルモン」と確信していた。そこでスワンソンに対し「タンパク質の構造について調べて、最適候補を見つけてほしい」と依頼した。スワンソンがインスリンに行き着くまでに大して時間はかからなかった。

大きく四つの理由があった。第一に、彼の推測では市場規模が1億3100万ドルと大きく、さらに拡大する見込みだった。アメリカで糖尿病の症例件数は毎年6%のペースで増えていたのだ。第二に、全国150万人の糖尿病患者用にインスリンを調達する既存システムがきちんと機能しておらず、恒常的にインスリン不足を引き起こしていた。原料になっていたのはブタやウシの膵臓であり、製薬会社は1ポンド(約450グラム)のインスリンを生産するために8000ポンドの膵臓を調達しなければならなかった(調達先はアーマーやスウィフト、オスカー・マイヤーなどの食肉業者)。

第三に、遺伝子操作によって生産されるインスリンは、動物由来のインスリンよりも安全性の面で優れているはずだった。動物性由来では一部の患者で深刻な副作用が出ていた。第四に、遺伝子組み換えによるインスリン生産は科学的に実現可能性が高かった。51個のアミノ酸で出来たインスリンの構造についてアカデミアはよく理解していた。これは出発点として非常に重要だった。