グレーゾーンを切り抜けるのは、人と人の信頼関係

術中迅速検査では、組織の一部やリンパ節が「エアーシューター」と呼ばれるカプセルで病理診療科に送られる。まず、技師が凍結して切片化。標本を作成。野坂は顕微鏡で標本を覗き、手術室に電話で結果を伝える。野坂の声は手術室のスピーカーから流れるようになっている。

術中迅速検査では速さが要求される。ただ、時に立ち止まる勇気も必要だ。

「時間との勝負でもあるんですけれど、やっぱり大切なのは正確であること。よく分からないなというときは、もう一度、標本を作り直してもらうこともあります。答えを返す時間が20分延びたとしても、正確な答えを出すべきなので。そのときに電話の向こう側にいる(執刀している)先生と気心が知れていると、今、こういう状態で迷っている、ということをきちんと伝えやすい」

人間の身体は完全に解明されていない。そのためどうしても、グレーゾーンが出て来る。そのグレーゾーンを切り抜けるのは、最終的に人と人の信頼関係なのだと野坂は考えている。

「一番嬉しいのは、臨床の先生の役に立てたとき。確定(診断)がついて助かったとおっしゃっていただけるときは、やっぱり嬉しいです」

病理科にやってくる医師は、人とのコミュニケーションが苦手な傾向があるという。後輩たちには、臨床の医師たちと普段からコミュニケーションを取るように、諭している。

病理医に向いているのは「オタクっ気がある人」

病理医に向いているのはどんな人ですか、という質問を向けてみた。野坂は思案顔になった後、「オタクっ気がある人かな」と笑った後、こう続けた。

鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 6杯目』

「やっぱりすごく勉強が好きな人じゃないとできないです。医学は日々進化していますし、範囲が広いんです。うちの病院で言えば、日常診療では救急科と精神科以外、すべての科と付き合いがあります。病理医にも得意分野があって、それぞれカバーしているんですが、それでも自分が詳しくない分野だったり、分からない疾患がポーンと出て来ることがある。そのときは立ち戻って基礎から調べないといけない。教科書を読まないという日はないです」

突発的な患者に対応しなければならない臨床医と比較すると病理の医師は生活のペースを保ちやすい。そのためか、女性医師が多い。

「患者さんがいないので勤務時間もフレックスにしやすいんです。そういう意味ではちっちゃいお子さんを抱えたお母さんでも働きやすいかなって。今、若手は半分ぐらい女性ですね」

患者と接することがないため、机の回りは、彼女の好きな世界でまとめられている。目につくのは、“オタク”の彼女が愛する『ファイブスター物語』の大きなフィギュアだ。ファイブスター物語は、累計850万部を超える永野護のコミック作品である。野坂は登場人物の絵を描いて、編集部に投稿するほどの愛好者だ。

「それまでは読書家だったのに、仕事で文字ばかり読んでいるせいか、本が読めなくなってしまった。嫌になってしまったんですね。漫画は子どものときに禁止されていたので、いい年になって爆発しちゃった」

医者になって一番良かったのは漫画が大人買いできることかな、と笑って付け加えた。

昆虫好きなのは変わっていない。

「この間、メタリックな綺麗な虫を見つけたんです。なんだろって名前を調べるとウバタマムシという虫でした」

すごいブラウンメタリックなんですよと嬉しそうに言った。

「病院の近くで私がうずくまっているときは、たぶん虫を見てます」

盛岡の昆虫好きだった“姫”は成長して、2人の子どもを持つ、とりだい病院の病理医となった。そして今も昆虫と勉強が好き、である。

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