いろいろな専門家の本を読むことで、教養が深まる
人間は、政治だけでも、経済だけでも、生きていない。政治も経済も何もかもひっくるめた、まるごとの人間として生きている。社会は、そんな人間の集まりです。
さて、学問には、それぞれの専門家がいる。彼らの仕事は、このまるごとの人間を、ひとつの切り口から見ることだ。たとえば、経済の専門家は人間を、生産と消費をする存在として見る。医学の専門家は人間を、骨と肉と生理のかたまりとして見る。法律の専門家は人間を、権利や義務の主体としてみる。こういう切り口で、人間をみるのは正しい。そして、役に立つ。
けれども、なんの専門家でもないひとが、ひとつの切り口だけにこだわって、別の切り口が見えなくなってしまうのはよくない。教養を深めていくには、こうしたいろいろな切り口があることを、まず知ることが大事です。
それには、いろいろな分野の本を順番に読むことです。あるときは政治の本を読む。あるときは経済、またあるときには哲学の本を読む。理系がちょっと苦手なひとでも、サイエンスの本を読んでみる。
本になにが書いてあるかも、大事です。でももっと大事なのは、どんな切り口で、書いてあるかなのです。そして、いろいろな切り口があることを知ることです。いろいろな切り口の、関係を考えてみることです。
それぞれの本は、専門家が書いたものだから、ほかの学問とどうつながっているのか、教えてくれません。でも、いろいろな本を読んでいると、「あれ?」と思う瞬間がある。政治の本にはこう書いてあった、経済の本にはこう書いてあった。その関係はどうなっているのか。
この疑問は、大事な疑問です。そして、いろいろな本を読む、楽しみなのです。
そういう、疑問のポケットをたくさん持っているのが、教養の深い人間です。答えのない問題に、自分なりの答えを出すことができるかもしれないんです。
世の中には「偽物の本」があふれている
さて、教養の身につけ方、その2。「ほんもの」に触れること。
ほんものは、偽物でないもののこと。
じゃあ、偽物とはどんなものか。
あるアイデアを最初に誰かが考えた。本に書いた。そのアイデアは素晴らしいのだが、かなり難しかったとする。
そこで、その本から適当なところを抜き出して、「わかりやすく説明します」という名目で、でも大事なところを抜かして、読みやすくまとめた本を別な誰かが書いたとする。この本は偽物だ。
偽物は、とても親切そうな顔をしています。「元の本を読むより手っ取り早く理解できますよ」と、甘い言葉をささやいてくる。だけど、読みやすいほうの本を読んだことで元の本を誤解してしまうとしたら、問題です。
世の中には、偽物があふれています。偽物のふりまく歪んだ知識から自分を守るため、ほんものに触れる心構えが重要です。世の中に本がたくさんあるけれど、読むのはほんものだけにするぞ、と覚悟すれば、読むべき本は、ほんのひと握りなんです。