「このままだと家を売ることになってしまいます」
その男性は定年退職後、業務委託契約の予備校講師として生計を立てているのですが、コロナ禍で講義の中止が続き今年の収入が激減してしまったため、持続化給付金の申請を思い立ったのだそうです。ところがかつて確定申告の相談をした際、税務署から講師としての収入を『雑所得』欄に記入するよう指導されたので、2019年分も予備校からの給与を雑所得として申告していました。
となると電話をしてきた時点では、持続化給付金の申請対象者から外れているのです。
「雑所得で申告していても、なんとか給付金の申請ができないものでしょうか。まだ今は貯金を切り崩しながら何とか生活してますが、このままだと家を売ることになってしまいます」
電話越しに、彼は切々と訴えてきます。けれど6月28日までは、事業収入として前年分の確定申告をしていない人は給付金の申請対象となりません。
でも、困り果てていることが痛いほど感じ取れる声を耳にしていると、26日にフリーランスも申請可能との正式発表があり、29日から受け付けが開始されますとなんとかして伝えたい気持ちが、抑えられなくなってくるのです。とはいえ国が行っている事業の規則変更を、正式発表前にコールセンターが情報流出させるなど言語道断です。
「そんな余計なことは絶対しゃべっちゃいけません」
そこで私は、こんな言い方をしてみました
「より多くの事業者の方の現状を反映できるよう、給付金の申請規則が随時変更される可能性もございます。ですので雑所得での申告者も給付対象者に含まれるようになるかどうか、今後こまめに給付金ホームページを確認されるようにしてはいかがでしょうか」
具体的な内容は一切口にすることなく、でもそう遠くないうちに、フリーランスも申請できるようになると察してもらえる――私ができるギリギリの案内のつもりでした。
ですが言葉の選び方が良くなかったのか、私の真意はうまく彼に伝わらなりませんでした。むしろ、空疎な気休めと受け取られたようです。
「そうですか……」
と力なくつぶやいた彼が電話を切るやいなやのことでした。近くを巡回していたコールセンター運営会社の男性社員が血相を変えてやってきて、
「今のはダメです、そんな余計なことは絶対しゃべっちゃいけません」
強い調子で私をこう注意したのです。規則が変更される可能性を示唆することすら、オペレーターは許されていないのだ、と。