社会人1年目で日本新記録を打ち立てた

法大に入学してすぐに取り組んだのが、スタートラインから1台目のハードルまでのアプローチを「7歩」にすることだった。日本人は「8歩」が主流だが、世界のトップクラスは「7歩」だった。

男子110メートル障害決勝で優勝した金井大旺(ミズノ)=29日、福井県営陸上競技場(写真=時事通信フォト)

男子110mハードルはスタートラインから1台目のハードルまでが13.72mある。その後のハードル間は9.14mで、合計10台のハードル(高さは1.067m)を超えていく。ハードルとハードルの間は3歩で進むので、アプローチを1歩減らすことは大きな意味を持つのだ。

金井の身長は179cm。世界トップクラスのなかでは大きいほうではないが、すぐに7歩のアプローチに対応して、タイムを短縮させた。その後も、自分の動きを分析して、修正を重ねていく。そして社会人1年目(2018年)の日本選手権で驚きの快走を見せる。

前半でトップを奪った金井が、真っ先にフィニッシュラインに飛び込み、13秒36(追い風0.7m/秒)をマーク。この大幅な自己ベスト更新は、2004年のアテネ五輪で谷川聡が樹立した日本記録(13秒39)を0秒03塗り替えるものだった。

練習はあまりしない「究極のイメトレ」で頭の中で走る

日本選手権で刻んだ13秒36という記録は、金井本人も予想していなかった。当初のターゲットは、「13秒4台」だったという。その目標を達成するために、金井は日本選手権で“大胆な戦略”をとっていた。決勝の当日と前日には刺激(強めの調整メニュー)を入れずに、イメージトレーニングで仕上げるというものだ。

「これまでの日本選手権は決勝に進出したところで、疲労もありましたし、満足しちゃっていたんですよ。前日刺激などで、ハードル練習は2本と決めていても、いい動きができるまでやってしまうことがありました。経験上、これは負の連鎖だと思ったんです。それで、直前のハードリングは極力減らして、いいイメージだけを持って、本番に臨むようにしました」

イメージトレーニングは目を瞑って行い、スタートからフィニッシュまでを頭の中で映像化するというものだ。それを何本も繰り返すが、「心臓がバクバクする」というほどの興奮状態になるという。かなりリアルにイメージを膨らませるために、心拍数も上がるのだ。

金井は普段からイメージ作りを大切にしている。日々の練習もハードルを跳ぶ機会は少なく、イメージトレーニングで補ってきた。

「ハードル練習は週に2回。多くても4~5本しか跳びません。他の選手と比べると圧倒的に少ないと思います。でも、跳ぶときは必ず課題を持ち、何を意識するのか。それをイメージしてから跳ぶようにしています。ガムシャラに何本もという練習はしないです。少ないときは2本で終わってしまうくらいですから」

まずはイメージを高めて、それから実際にハードルを跳ぶ。1本1本集中するというスタイルだ。その目的は調子の浮き沈みをなるべくなくすことにあるという。

「できない状態の日は、何をやってもうまくいきません。そういう日の練習は何も収穫がない。どんな練習もそうですけど、いい感覚でやることが総合的に見るといい練習になってきます。そのため調子の浮き沈みをなくすようにしています。感覚を重視しているので、スピードやタイムというよりは、自分のイメージしている走りや動きを、その日の練習でやるという目標を立てています」

イメージトレーニングはビジネスシーンでも応用できるだろう。通勤時や商談に向かう道など、自分がこれからすることを具体的にシミュレーションすることで、作業はスムーズになり、イメージ通りのパフォーマンスを発揮できるようになるかもしれない。