景気はどん底。人員、在庫、経費を削減して耐え抜く日々が続いた。やがて00年、筒井に辞令が届く。統一通貨ユーロ導入の対策チームに入れという。ロシアはまだ立ち直れない。筒井は後ろ髪を引かれる思いでベルリンの欧州本社へ異動した。そのときの心境をこう語る。
「モスクワで零下33度の記録的な寒さの日がありました。滅多にないから外に出ようと言うと、みんな尻込みするのに日比君は防寒具から顔だけ出してひょいひょいついてきた。空気中の水蒸気が凍ったダイヤモンドダストがキラキラ輝く。こんな日に外に出るバカでなければ見られないねって笑い合った。日比君にはロシアに呼んで苦労をおいかぶせてしまった。本当に申し訳ないと思いました」
ここから主役は日比にかわる。その後も駐在員は減り、最後は日比1人になった。状況は一層厳しさを増す。日本からの出張者もない。「まるで陸の孤島だ」。降り積もる窓の外の雪を眺めながら心が沈んだ。これで正しかったのか、オレの人生はこれからどうなるのか……。そんな日比の心を支えたのは現地のロシア人の社員たちだった。ある日、何人かが部屋にやってきて、こういった。
「日比さん、われわれは絶対逃げない。1ビリオンは必ずやってみせます」
その言葉に、思わず熱いものがこみ上げた。日比が振り返る。
「そのとき、僕は人間として初めて異なる文化の人たちと心からわかりあえた。これが海外営業の本当の喜びなんだ、求めていく道なんだと気づいたのです」
社員たちの言葉はやがて現実となる。ドラマは第二幕へ。いったん離れた日比が4年後の05年暮れ、再びロシアの地へ社長として着任したときから始まる。
「日比さん、お帰りなさい」
出迎えたのは、残って戦い続けた現地の社員たちだった。ロシアはプーチン政権下で成長路線をまい進、BRICsの呼称も登場していた。域内の年間売上高も700ミリオンドルにまで伸長した。これを一気に拡大する。新しいトップの陣頭指揮のもと、部隊は翌06年、ついに「1ビリオン」を達成する。勝利の美酒。戦友たちはこの日一緒に飲んだ酒は一生忘れないと心に誓い合った。
日比はここで、ビジネス形態の大転換を決断する。従来は現地ディーラーが直接輸入し、ソニーCISはサービス支援にあたる形で取引そのものへは関われなかった。ロシアには複雑で不透明な税制や会計制度、規制が依然残る。自ら輸入販売するのはリスクが高い。そのため他社も同様の形態をとっていた。しかし、一線を越えない限り、根は下ろせない。
「今こそ、みんなで踏み込もう」