「55歳ですし、もう仕事をしなくてもいいんじゃないでしょうか」
「55歳にもなったことだし、もう仕事をしなくてもいいんじゃないでしょうか」
私の言葉に、父親は驚きます。
「仕事をしないなんてことが許されるのでしょうか」
どうやら、経済的な問題もさることながら、父親は一人前の社会人としての価値観にとらわれているようです。
「これから仕事をできるようになったとしても、それほど長く勤続できるわけではありません。普通の人でも60歳でリアイアする人もいるのですから、今から就業にこだわる必要はないでしょう」
あぜんとした表情の父親に、私は続けます。
「たとえ働けたとしても、その期間は限られます。収入も多くないでしょうから、ご長男の家計状況はそれほど改善しないのです。幸い、お子様はお一人でご両親の財産はそのまま引き継げます。そして、息子さんはお金をあまり使わないタイプですので、それほど早くには資産が減りません。90歳ぐらいまでなら、それほど心配ないでしょう」
もちろん、ひきこもりの状況が良いわけではありません。今まで努力してきたように、フリースペースに行ったり、ボランティアに参加したりして、他人との交流を楽しめるようになることは大切です。その結果、ご本人が「働きたい」という気持ちになれば、一番いいのですが、最初から「仕事をしなければ」と言うと、本人を追い詰めることにもなりかねません。
私は自立支援の専門家ではありませんので、お子さんとの接し方にはあまり立ち入らないようにしていますが、もう少し楽に考えてほしいと思いました。かえって肩の力を抜いてお子さんと接した方が、本人も前向きになるかもしれません。そんなことをお話させていただきました。
本人が浪費家でなければ、その後の生活が成り立つ可能性はある
ひきこもりの子供の年齢が高いと、就労できるまでに社会復帰するのはなかなか難しくなります。それだけに両親、兄弟姉妹などの家族は心配することが多いのですが、逆に残りの人生の期間もそれほど長くないわけで、親亡き後に親の遺産で生活していける可能性が高くなります。
富裕層というほどではなくても、自宅とある程度の金融資産があり、本人が浪費家でなければ、その後の生活が成り立つ場合は少なくありません。本人の就労を目標にするよりも、親が遺してくれた資産を使って本人が生活していけるかを考えたほうが現実的です。
「そうですか。安心しなさいということですね」
「今はどこも休みになっていますが、フリースペースが再開したら、また声をかけてみてください。無理しない程度に」
新型コロナの影響で、親子ともども神経質になりがちな時期だけに、焦らずに構えたいものです。