一篇の短歌をホワイトボードにしたためた

10年1月13日の午前中に話を戻そう。「引き受けようと思う」。稲盛さんのその言葉を聞いて同席していたDDIの元社長が立ち上がり「新たな挑戦に捧げます」と一篇の短歌をホワイトボードにしたためた。

「年長けて また越ゆべしと 思ひきや 命なりけり 小夜の中山」

西行が新古今和歌集に残した有名な短歌だった。当時、京の都から東国に行くには小夜の中山と呼ばれる難所を越えなければならなかった。西行は晩年、東国への旅に際してこの歌を詠み、「小夜の中山を再び越えられるのも命があればこそだ」と喜びを表したのだが、DDIの元社長は「命なりけり」の命に運命という意味を託したのだ。

「この年齢になって、小夜の中山をまた越えようとは。これも運命だ」

「利他」という生き方・働き方を選択したとき、稲盛さんの運命は定まった。そしてそれが人としての器を広げ、求心力を強めていったのだろう。

稲盛さんから教えを受けた人の証言は貴重である。誰にとっても学ぶところが多いのではないだろうか。

渋谷和宏
1959年生まれ。法政大学卒。日経BP社で「日経ビジネス」発行人などを務め2014年独立。著書に稲盛氏ら第二電電創業メンバーに取材した『挑戦者』(渋沢和樹名義)など。
 
(撮影=永井 浩、若杉憲司)
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