観客の目的は「鑑賞」だけではない

これらの大ヒットは、けっして偶然ではないだろう。観客の体感や体験を深めるアプローチは、いまや映画館に残された最後のアイデンティティとなっているからだ。逆に考えれば、ストーリー重視で映像的にスタティックなタイプの作品は、映画館で公開せずとも動画配信で十分だという観客の感覚が浸透しつつあるとも言えるだろう。昨年Netflixで公開され、アカデミー作品賞にもノミネートされた全編モノクロの『ROMA/ローマ』は、まさにそういうタイプの作品だ。

TOHOシネマズの料金値上げも、動画配信サービスによる映画館の相対化がその遠因だと捉えていいだろう。いまや映画館に赴く観客の目的は、静かに席に座って「映画を鑑賞する」ことだけではない。「映画館を体感/体験する」ことの比重が日に日に増している。

それにともない、いかにサービスを拡充していくかが今後の映画館にとっては大きな課題となる。新しい映像や音響システムの導入はもとより、フードの充実や劇場イベント等、空間としての映画館の可能性を多角的に探求することが今後はより求められる。TOHOシネマズは、そうした未来も想定して今回値上げを断行するのだろう。

「1900円」は消極的な策ではないか

しかし、この1900円という窓口料金設定が本当に妥当かどうか再考する余地はあるだろう。前述したように、年に一度も映画館に足を運ばないライト層にとっては、映画館は1900円という決して安くない娯楽として認識される可能性があるからだ。

このときのヒントは、海外の料金体系にある。アメリカでは、曜日や時間帯によって料金設定が異なる。平日と週末、日中と夜では料金設定が異なるケースが多い。時間帯によって窓口料金に弾力性をもたせ、入場者数および売上(興行収入)を増加させることも考えられ得る。また、広い面積を要する映画館は地域によって地価やテナント料も大きく異なってくるので、所在地によって料金を変えることも十分に考えられる。

こうしたことを踏まえると、今回の窓口料金の改定は、個人的にはライト層の集客が期待できない消極的な策だと感じる。もっとほかにできることがあったはずだ。

松谷 創一郎(まつたに・そういちろう)
ライター、リサーチャー
1974年、広島市出身。商業誌から社会学論文まで幅広く執筆。現在、武蔵大学非常勤講師、『Nらじ』(NHKラジオ第1)にレギュラー出演中。著書に『ギャルと不思議ちゃん論』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)、『文化社会学の視座』(2008年)等。
(写真=時事通信フォト)
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